約 2,288,019 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5574.html
The Puzzlement of Haruhi Suzumiya ギラギラと首筋を照りつける日差しが、俺に今の季節が正真正銘夏である、ということを有無も言わさず感じさせていた――何ていった俺も思うが変な冒頭のくだりはさておき、新学年が始まって早々俺をのっぴきならない事態に追い込んだあの事件もどうにかこうにか終わりを迎え、何事もなく平穏にただ無事に済めばいいなぁなどといった俺の浅はかではありながらも切実な願いがあの何でもかんでも都合のいいことしか聞こえない耳に聞き入れられることはなく一学期は振り返ってみると駆け足で過ぎていき、季節は夏を迎えた。 梅雨前線がどうのこうのといった気象情報を俺は耳にしたが、俺たちの住む星は去年も思ったがやはり本格的に狂い始めたようで、この国に春と夏の間にある梅雨という季節を遂に到来させぬまま夏真っ盛りとなった――いや、語弊があるか。到来しなかったわけではないが、とでも言ったところか。 しかしそれがめったやたらと熱いのには――暑いの間違いではないぞ。もうそんな範疇じゃないってこった――、こちらも閉口以外にしようがない。 夏は人を長門にする。まさしくその通りだ。誰が言ったかなんて野暮なことは訊くな。 梅雨っていうのもこの国にはそれ特有の湿気がもれなく付いてきて蒸し暑いこの上なく、早く終わってくれぇ、何ていうさっきの発言からしてみれば180度相反した台詞が口から迸ることになるのだが、水の確保は重要なことであるという事実を俺は田舎のばあちゃん家に行ったとき身に沁みて実感しているためそれでも、梅雨の到来を待ち望むのさ。 だが、下手に長引きすぎるのも危険だってことも俺は漏れなく体験している。雨が降りすぎてしまったら、今度は俺のばあちゃん家の裏を心配しなくちゃいけなくなるのだから不思議なもんだよ、全く。 そこんとこの匙加減が器用に出来ていたら俺はこの星もまだまだ頑張ってくれているなと安心するのだが、それが不器用になって来ているのではないかと俺はこの頃懸念している訳なのである。 それでも俺はこの盛夏、既に短い生涯を全うしようと息巻く大量の蝉どものシュプレヒコールをBGMに、通い始めて一年を越えたこの急すぎる坂道をダラダラと汗を掻きながらただただ歩いていた。 偶にこういうことってないか? 何度も何度も通い歩き慣れた道のりを、気が付いたら無心で歩いていたことって。まるで動物の帰巣本能に似ているな。 ――まぁ、別に何も考えていなかったという訳では決してないのだが。 横で相変わらず無駄話を振ってくる谷口に俺は生返事をしながらも、今日家を出る前に耳に入ってきたとある言葉を思い返していたわけさ。 カメラの前ではまだどこか初々しさが残っているレポーターが、どっかの見慣れない町並みを風景にまさにその日の特集を喋り始めていた。 「今日の日付は七月七日です。そう、皆さんも御存知の……――」 と聞こえたぐらいで俺は家を出ていた。残念ながらこの学校に行くにはそれなりの早さに出なけりゃならなく、いつもその枠は最後まで見れないわけだ。 話が逸れたがもう分かってくれていると思う。 年に一度天の川を跨いで、織姫と彦星が出会える日。 そして個々が其々の願いを小さな短冊に込め、笹の葉に吊るす日。 今日は――あの七夕なのである。そしてあのと言うからには、かなり、そりゃもう特別な日なのである。 俺にとっては一年に一度、どっかの誰かさんのどこか憂鬱そうにしおらしくなった状態を眺められる日でもある。去年のこの日、俺はそいつに堂々と宣言されちまっているため、今日何をするであろうかのプランを大体把握していた。 そいつ、SOS団団長、涼宮ハルヒ曰く今から十六年後と二十五年後の未来にそれぞれ叶えて貰いたい望みを、去年と同じくベガとアルタイル宛に認めるということだ。 さてさて俺は、去年一年間をハルヒたちと共に過ごしてきて、あいつの秘められたトンデモパワーなるものを充分に見せつけられてしまっている。それも嫌というほどにな。 それは古泉が言うところの願望を実現させる力であり、長門が言うところの無意識の内の周辺環境の情報操作ということらしい。 つまり、短冊に何らかの願いごとを書くと、それが下手をすれば十六年後や二十五年後にあいつの力によって、叶ってしまう恐れがあるっていう訳だ。 そんな高校生が背負うには重すぎる事実を突きつけられてしまっては俺の筆も鈍ると言う訳で、何かこう穏便に済むような願いを俺は頭をフル回転して考えさせられる羽目になってしまうのだ。おまけにハルヒがそれを却下なんぞしようもんなら益々終わりが遠ざかって行ってしまうため、だったら事前に内容を考えておくほうがいいだろうということを俺は去年の教訓として身につけた。 大体だが、去年の十六年後(及び二十五年後もだが)の次の年に叶えてもらう願いって、難易度が高すぎやしないか? ついつい無難に無難にと考えてしまう俺を一体誰が攻められよう。 ――通い慣れた道というものは何らかの考えごとをしていても、勝手に足が辿ってくれるものだ。 学校に辿り着くまで、谷口は絶え間なく俺にとって無駄でしかない話を提供してくれていた。よくもまぁ、そんなしょうもない話を一人で続かせられるものだと思わず感心してしまう。実のところ二割もその中身を聞いちゃいないのだが、果たしてそれに気付いているのかも怪しいな。今度古泉と討論でもやらせたらいい勝負になるんじゃないか? どれだけ自分に酔って話せるか。 ――とは言っても結果は見え見えなため、最近また溜まってきてるんじゃないかと思うハルヒの退屈をこれっぽっちも紛らわせることはできないだろうが。 ギラギラと直射日光が首筋を照りつける窓際後方二番目のサウナ席で俺は悶絶しながら、これまた真夏の太陽並のハルヒの笑顔に圧倒されていた。 というか、なんだか俺の焦点があってない気がするぞ。ハルヒの顔の輪郭が揺らいで行く――いよいよ危険か。俺は自分の意識を理性の岸辺の杭に縄でぐるぐると括りつけておくことで俺は必死になっていた。結び方が甘かったらすぐにでも川に流されそうだ。 そんないかにも朦朧としているのが一目見たら分かるだろうに、ハルヒはSOS団専用特注スマイルを俺に向けながら、 「今日は何の日か分かってるわよね!」と、自信満々に訊いてきた。 あぁ、既視感フラッシュバック! 分かっているともハルヒよ。今日は、お前の誕生日でも、朝比奈さんのでも、長門のでも、ましてや古泉のでもない。そうだろう? 「当然よ。……あんた、ちょっとおかしい?」 少しでもそう思うんなら俺をそっとしておいてくれ。だがどうやら頭を使っている間は縄の結び目はほどけないようだった。 というか去年あんな体験をしていては、俺がこの日を忘れるなんてことは一生ないだろうよ。 「と・に・か・く! 部室で待っていなさい。あたしは笹を用意するからあんたは願いごとを用意するのよ。先に言っちゃうけど、ちゃんとあたしが認めるような願いごとを考えないとボツよ?」 俺だってそうそうアイデアマンじゃないんだぜ。 それに決めるのはお前の理論では彦星と織姫だと思うんだが。 「何言ってるの、二人とも毎年山のように願いごとが書かれた短冊を手にするのよ? 少しでも目につきやすいようにあたしが選りすぐってあげておくんじゃない。平凡過ぎたらつまらないじゃないの」 そうかい、そうかい、それは去年と同じじゃいかんってことか。 「そういや笹もまた裏山から盗んでくるのか?」 「……人聞き悪いじゃないの。でも別に良いじゃない、減るもんじゃないでしょ?」 それ以外どんな手があるのよ言ってみなさいよ、とでも言いたげな目でハルヒは俺を睨んだ。 あれは、私物の山っていう話なんだがな。しかも確かに一本減るわけだし。 まぁ、もとよりハルヒと睨みあいをして勝てるなんて思っちゃいないので、俺から先に逸らすことにした。ハルヒと真正面に視線をぶつけあって勝てるのは長門くらいのもんだろう。 「とにかく。ちゃんと考えておくんだからね!」 ハルヒの予言じみた台詞と去年の奇天烈な実体験が頭のなかで交錯して、俺の心のなかには真夏の雲ひとつない青空には全くと言っていいほど似つかわしくない、黒々とした暗雲が立ち込めてきていた。 ――まぁ、結果論から言ってしまうと、予想通りその真っ黒な雲は俺に大粒の雨を降らすのである。 それも梅雨顔負けのどしゃぶりのなか、超特大の嵐とともに―― まだ俺がその黒雲が超特大の積乱雲だということに全く気付いていなかった頃。 俺はらしくもなくハルヒとではなく黒板と睨めっこをしていた。良くも悪くも、期末試験の前の最後の足掻きというやつだ。我ながら哀れだな。 結果的に中間考査で赤点ラインすれすれを低空飛行してしまい、いろいろな方面から散々言われることとなった。両親と岡部教諭ならまぁまだ分かるが、あの脳内年がら年百快晴女に耳元で大音量の暴言を吐かれては、流石に俺も再起不能になるかと思ったぜ。 おっと、スレスレとギリギリはどっちが接触していないか、なんてことを随分と前にテレビでやっていたがどっちか知っているかい? スレスレは擦れてるからもう当たっちゃっているらしい。 つまり赤点ラインすれすれは――皆まで言わないのが日本人の美学、だよな? ちょっと気を抜けば舟を漕ぎそうな念仏のような授業をバックに、俺の頭のなかでは無意味に終わりそうなことを自覚している俺――現実的な悪魔――と、その現実から目を逸らそうと懸命に努力している俺――けなげすぎる天使――がせめぎあい不毛な抗争を繰り広げていた。 往々にして俺の場合は天使よりは悪魔が優勢となってしまう。自分がよく理解できていることは武器ともなるが、知りすぎているということは時として悲しいものだね。 結局今回も軍配はあっさりと自己を理解している俺――何事も諦めの精神で立ち向かっている悪魔――に下ったってわけさ。 今にも切れそうな集中力をノートの片隅への落書きで保持していた右手のシャーペンを俺は放り出して、約十五ヶ月間近く俺の後ろに居座り続ける奴を振り返った。 SOS団内の偏差値を一人で下げ続けていると勧告してき、このままでは処罰も已む無しと宣告してきた我らが団長涼宮ハルヒは、机の上で少しおとなしくなった暖かい日差しに包まれて――熟睡していた。 しばし無言。 自分の目を疑いたくなるね、嘆息。試験の前の総まとめ的授業を寝て過ごすとは、どうやら本当に学校を舐めてかかっているようである。黒板で板書をしている教師のほうを俺は振り返ってみたが、注意しても無駄なことを熟知しているかの如く、また触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに完璧なまでな無視を決め込んでいるようだった。 それで良いのか、教師陣よ? 一応これでも俺は学校の教師というものにそれなりの敬意を抱いてはいる。俺たちの担任の岡部教諭だってそれなりに俺たちのために一生懸命やってくれてるじゃないか。 だがそんな俺のやはり限りある良心も、ハルヒのこれまた心地よさげな、涼やかな寝顔を観賞していると、起こしてやるのもこれまた蛇足な気がしてきたので教師を見習い放っておくことにした。大方、昨日七夕のことを考えすぎて興奮でもして睡眠不足になったんだろう。まるで遠足前夜の小学生みたいだな。 今お前が観ているその夢のなかに果たして俺、ジョン・スミスは登場しているのだろうか? もし現れていたら――などと考えていたら少し背中がこそばゆくなったような気がした。 睡魔が、襲ってきた――。 適当に掃除当番を済ませたあと――そういや班交代の掃除当番だから、思い返してみるとこれまたハルヒと一緒だったってわけか――俺の脚は自然と旧校舎のほうへと向かっていた。 あっという間に時間が過ぎたように感じるかもしれないが、まぁ何もなかったってだけさ。 ハルヒの奴を掃除場所で見かけることはなかったが――つまりサボりだ――何をしているであろうかは何となく想像できた。また裏山で無許可で笹と格闘しているんだろう。 思い返してみると、去年の俺の一年間はおよそ八、いや九割方がSOS団によって占められていたのだなと、俺は再認識し今日何度目かの嘆息をした。 まぁ、今となっては別に良かったと思う。俺はそういう風に思えるようになっていた自分に今更驚いてなんかいなかった。 知っている方もおられるだろうがこの学校は他校と同じくして、考査の一週間前からの部活動は原則停止である。県立だけあって学校も成績には口煩く言ってくる。 しかしそんななかでも俺の脚は文芸部室へと向かっている。それこそまるで動物の帰巣本能の如くにだ。つまりだ。涼宮ハルヒの脳内には年中無休という言葉しかなく、試験など何ぞやということらしい。ちょっとは俺のことも考えてくれよ、なぁ。 部室の前に着いた俺は自分の腕時計を確かめたあと、部室の扉をノックした。時間帯によってはまだ朝比奈さんが着替えている可能性もあるからな。それはそれで、健康な一般男児として観てみたくもあるのだが、そこは俺の純真なる理性が押し留めてくれていた。 多分、天使のほうの俺だろう。まぁ、その天使もいつ堕天使ルチフェルになるのか分からんのも一理あると言えるが。 「は~い」と篭った返事を聞いて、ドアをそのまま押し開ける。 「キョンくん、こんにちはぁ。すぐにお茶を入れますねぇ」 古泉のところに湯呑みを置いていた朝比奈さんは、返事をするとそのまま慣れた動きで俺のぶんの湯呑みにお茶を注ぎはじめた。何というか迅速な対応である。 まるでどこかの屋敷の専属メイドみたいだな――と思ったあとで、あぁハルヒかと俺は自分で突っ込みを入れた。 既に部室内にはハルヒを除いた主要メンバーが揃っていて、俺は机の上でまたなにやらボードゲームをやっている古泉の対面に腰を下ろした。 「どうぞ~」 そう言って俺の目の前に置かれた湯呑みからは、淹れ立ての白い湯気が上がっていた。 「ありがとうございます」 そういや、誰も冷茶にしてくれ何て言わないのかね。こうも毎日暑いと、扇風機だけしか冷房設備がないこの部屋では生き抜けんと思うのだが。 朝比奈さんのお茶の温度が年柄年中変わらなかったことから――と言ってもそれは俺の体感であって、本人は細かく温度計を突っ込んで測っていたようだが――、ハルヒでさえ去年文句を言ったことはないようだ。 俺かい? 俺は別に言わないね。麗しき朝比奈さんのお茶が折角飲めるっていうのにいちゃもんを付けるなんて、百万光年早いね。――つくづく思うが百万光年って何だ? どういう意味で使ってるんだろうか。あとで長門にでも訊いておくか。確かあれは距離の単位だったはずだが。 「おいしいですよ」 「ありがとうございますぅ~」 どうやら待っているようだったので、俺は口に含んだあとで礼を言った。それは本心だ。朝比奈さんが淹れてくれるものは何でも美味いに決まっているはずさ。確かに例外もあるが。 「どうですか? あなたも一局」 古泉が駒を進める手を止めて、俺に訊いてきた。 「やめておく」 こうも暑いと俺の頭がうまく働かんだろうから、それを余計にオーバーヒートさせるようなことは避けたい。というかしたくない。 「まぁ、お前相手にボードゲームでオーバーヒートするようなことはないだろうがな」 「それはそれは耳が痛いお言葉」 そう言って、古泉はいつもの微笑フェイスのまま手を盤上に戻した。 「しかしながら、貴方のご期待に副うことはできかねます」 「どういうことだ?」 「……今日は何の日だかご存知ですね?」 質問に答えろ質問に! という俺の渾身の睨みは、無残にも古泉の微笑のポーカーフェイスとは不釣合いな鋭い射るような視線に跳ね返された。――瞳だけが笑っていないというのは少々不気味なんだがな。答えてやるか。 「あぁ分かっている。七夕だろう?」 「分かっているのなら結構です。でしたら――」 「何をするかも把握していますね、って言うつもりか? それも大体分かっているつもりさ。朝からずっとそれを考えっぱなしだ」 「流石、話の呑み込みが早くて助かります」 古泉はそれからパイプ椅子にもたれかかりながら手を組んで続けた。金属の軋む音がする。 「それにですが先程朝比奈さん、長門さん両名から話を伺ったところ、予てからの推理通り七月七日は涼宮さんにとって最も重要な日であり、必ず何か出来ごとが起こるようなんです。こういった情報は未来人がいてくれて助かります」 ちょっと待て、それはさらりと重大発言じゃないのか? 何だかネタバレ感がするのは俺だけか。 しかし、何でハルヒの野郎はそんなに七夕が好きなんだ? 願いが叶うっていうところがハルヒ的ポイントなんだろうと見た。――当の本人は何でも自分の願いが叶う可能性があるってのを知らないから、逆にあいつが健気に見えてくるな。やれやれ。 俺は、先程からパイプ椅子にちんまりと座ってこちらを見ている、メイド装束の未来人に確かめることにした。 「本当にそうなんですか、朝比奈さん」 「はい。未来から観測していて気付いたことなんですが、涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです」 朝比奈さんは俯きながらもすらすらとまるで予想していたかのように答えた。 そういや、時間関係で朝比奈さんがつっかえずに話しているっていう状況は、俺の記憶を軽くリサーチしてみても引っ掛かってこなかった。ん? 必ず起こることがあるんですってどういう意味だ。 「それよりあの……禁則、かかっていないんですか?」 「そうなんです。こういう未来に起こる出来ごとを事前にその時代の人に伝えることは、厳しく制限が掛かるはずなんですけど……」 朝比奈さんも、そうです不思議なんですといった顔をして首を傾いでいたが、古泉は何やら意味ありげな視線を俺に送ってきている。その目はまるで「あなたにはその理由が分かっていますよね」と俺に語りかけてきていた。 何だか癪に障るがまぁ、正解だ。多分朝比奈さん(大)が何らかの必要性を感じたのだろう。 「長門は、どうなんだ?」 俺はただいま読書中の宇宙人の有機端末にも訊ねることにした。すると、 「そう」 とだけを緩慢に顔を上げて答えた。それは肯定って意味だな? 「そう」 何という短さだ。すると長門は補足するようにして、 「今のわたしは未来のわたしと同期を行ってはいないが、朝比奈みくるの話と情報統合思念体の観測情報を照合した結果そのように考えられる、という仮説が判明した」 最初からそう言ってくれ。それだけ言うと長門は必要性を感じなくなってのか、また本の世界へと潜り込んで行った。つまり――。 「つまりこういうことです。この七月七日、本日七夕の日に何か事件が起こる可能性があるということです。そしてそれに僕自身はどうかは分かりませんが、あなたは確実に巻き込まれるということです」 古泉は最後の部分を嗤ってやや自嘲気味に言った。何だそれは皮肉か? しかも何故そうなる。 「くっくっ、貴方へのあてつけです。とにかく、貴方には身構えておいて貰いたいのです。よろしいですよね?」 何がよろしいですよね、だ。どこまで俺はアイツに振り回されなきゃならんのか。その上、俺が断る何ていう選択肢はもとより用意されていないんだろう、どうせ。俺はあいつの子守役になった覚えは全くないのだが。 「察しの通りで。しかし任命されたはずでは?」 面倒くさいときは無視、と。 「あとさっきから気になっていたんですが、その重要な出来ごとというのはもしかして……毎年起こって――あぁ面倒くさい――起こるんですか、朝比奈さん?」 朝比奈さんが身体を強張らせた。 ここんところは意外と重要だ。一応俺がどれだけ世話を焼かされるのかは事前に知っておきたいってもん―― 「それは、……禁則事項です」 一体何の冗談ですかそれは、朝比奈さん。それはある種の振りだとも考えられますよね? ここまで来て『禁則事項です♪』は、暗にこれからずっと何かが起こりますよって言っているようにも取れる上に、それこそ未来人勢力が誤魔化していると言うか毎年発生しないのかもしれなく、面倒くさいなぁ全く。 また朝比奈さんが申し訳なさそうな表情をした。 「あなたも困惑しているようですね。取りあえずですが、もし何かが起これば我々『機関』のできる範囲であなたを手助けすることにいたしますよ。但し時間移動が関わっていなければ、ですけれども」 古泉はさも可笑しそうに言う。 「お前……どれだけ根に持っているんだ」 「そう見えますか? だとしたら僕の演技にも更に磨きがかかってきた、ということでしょうか」 嘘吐け、目が笑っていないぞ、古泉。 お前、演技なんかしたくないって言ってたじゃねぇか。 「……やれやれ。もし時間移動するって場面になったら、お前も呼んでやるようにするよ」 朝比奈さんが困ったような表情をしたが、この際無理を言わせてもらうことにしよう。 「いいんですか? それは誠に光栄です。是非、お願いします」 いちいち動作が大袈裟だ。それにお前にお願いされたって嬉しくもなんともないんだがな。お前の魂胆なんて見え透いている、と確かにそのとき俺は普通に考えていた。 余談だが、俺は古泉の同行を朝比奈さんを通じて未来人に通せば、許可が下りるじゃないかと密かに自信を持っていた。全く持って何となくなんだが、多分俺が言い出すことは向こうにとって既定事項だったりするんだろう。 確かに踊らされている気分ではあるが、流石に自意識過剰すぎるかね? 「みんな、集まってる~!?」 不意にハルヒの声が静かだった部室に轟いた。相変わらずこいつは台風なんじゃないかと思うほどの威力とスピードでハルヒは扉を開けたあと、一瞬の内に団長席で笹を旗のように勢いよく突いていた。 御丁寧にも机の上には色とりどりの短冊がばらまかれてあった。いったいいつの間にだ。 「さぁ! みんなもう言わなくても分かってるわよね?」 とハルヒ団長は団員の表情を伺うよう覗き込み、 「だったらいいわ! 今すぐこの短冊に、みんなの願いを書きなさい!」と、言い放った。俺の顔のどこに恭順の意を読み取ったのかね。 まぁ、こいつの耳や目には反対の意思は映らないようだし、俺以外のSOS団団員が反対意見を言うこともないだろうから、ハルヒの感覚では満場一致ってとこなんだろう。 「あ、言っておくけど去年と同じじゃだめよ。分かってるわよね、キョン?」 何で俺だけ名指しなんだ? 他の奴らはどうなんだよ、ええ? 「去年の願いと合わせて、一番最初に叶った人が勝ちだからね!」 聞いちゃいねえ。 俺が一人不平不満を漏らしている間、既に俺を除いた恭順なる三人の団員は短冊になにやら書き込み始めていた。もしかして去年頃から考え始めていたりでもしたか? 「さぁ、どうでしょうねぇ」 古泉、お前もさっきからまともに答えやしない。そんなに俺を嫉んでどうするつもりだ。 「決して僻んでなどはいないつもりなんですが。……まぁ、あなたの立場にやや嫉妬していたりするのもまた事実でしょう」 やっぱり、お前の言うことだけはどうも分からんな。古泉は俺の反応に対して目だけで、なにやら意を表明していた。言っているだろう、お前だけのは分かりたくともなんともない。分かってもいいためしがない。 「ちょっとそこ! 願いごと、書けてるんでしょうね!」 なぁハルヒよ。さっきから感嘆符がやけに多いような気がするんだが。お前が半額サマーバーゲンを一人でやっているみたいだ。 「それより、お前は書けているんだろうな?」 「決まってるじゃない。あたしにはちゃんと夢ってものがあるのよ。あんたとは違ってね」 そういうとハルヒは席を立ちあがって外に吊るした笹に短冊を括りつけはじめた。 最後の一言が余計だ。 しかし――数十分後、やはりというべきか俺はまだ机の上で悶えていた。 俺以外のメンバーは早々と書きあげ、長門はいつもの定位置で読書、古泉は独りボードゲーム、朝比奈さんは真面目にもテスト勉強をして三者三様に暇を潰していた。そういや朝比奈さんにとっては一応、受験の年だな。 ふといつまで朝比奈さんはSOS団で活動できるのかというある種の不安が頭をよぎった。 ハルヒはというと、団長席でパソコンのモニター越しに俺に明らかな怪視線――怪光線はさすがに無理だろう――を不機嫌な顔をして送っていた。 「ちょっと、キョン。あんたまで出来上がってないの? もしかしてあんた、行事とか学期末の反省書くの苦手なタイプだったりして?」 「……なんで分かるんだよ。あぁ、そうさ。確かに俺は小学校の頃からあの面倒くさい質問を矢継ぎ早に投げかけてくる紙には何遍も困らされていた。偶に女子のを見て何でそんなに書けるのかって、何度も敬服した憶えがある」 「やっぱりね。あんなのはね、ちゃっちゃと適当なことを書いて済ましときゃいいのよ。誰も裏づけを取れないしね」 「そんなこと言いながらお前、俺の書いた短冊何枚却下したんだ?」 「仕方ないでしょ。手の抜き方にも適度ってものがあるわ。もちろん、手抜きは当然却下だけど」 「言ってることの辻褄が合ってないぞハルヒ。アホか」 「はぁ? 団長に向かってその言い方はないわ! ぜっったい、あたしが認める願いごとをひねり出しなさい!」 しまった、いらん火にいらん油を注いでしまった。ハルヒの瞳の奥の炎がよりメラメラと燃えあがるのを俺はまるで本物のように見つめながら少し考えこんでいた。今回ハルヒはあのメランコリー状態に落ち込んでいない。どうしてだ? 古泉曰くの、こいつの精神が安定してきたということの証なんだろうか。確かに、去年のハルヒは傍目から見ていてもテンションの上がり下がりが著しかったが。うーむ、確かに喜ぶべきことなのかもしれないが、やはり俺は静かなハルヒも助かると思う次第で、そんななかで先程の朝比奈さんの預言を思い出していた。 ――『涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです』―― 俺がさっきから考えを巡らしているのは、果たしてハルヒはそれに対してどんな表情を見せるのだろうかということだ。SOS団専用の超絶笑顔か、それとも入学当初の不機嫌モードのハルヒなのか。 もしくは、『あのとき』のような困惑した――。 いやいや。俺は頭を横に振った。 したくない想像ははなからしなかったらいいわけで、そんなことは頭のなかからきれいさっぱり消してしまったらいいのさ。 俺の持つペンは、右手のなかでぐるぐると回っていた。これくらい、俺の脳も回転してもらいたいものだ。 部屋からの眺めが少し赤みを帯び始めていた。 まだ少しハルヒの暴言を聞くはめになりそうだ、と俺はすでに九枚目の短冊を見つめながら思った。 ――そして俺は束の間の休息を味わっていた。 いやそのときの俺は束の間とは微塵にも考えてはいなかったのだが、結果から見ると確かに束の間ではあった。 未来人の預言を忘れていたのだから笑止万全だ。 そして、嵐の前の静けさが終わる―― 古泉の指す駒の音だけが部室内に響いていた。 その頃部室内の団員たちは、読書やボードゲーム、うたた寝、をしており、ハルヒ団長は窓の外を眺めながらおとなしくなっていた。 俺はというと、そのあと紆余曲折の末、無事二枚の俺の血と汗と涙の結晶の短冊を提出し終わって、三人娘を少しばかり目の保養としていた。良かったなハルヒ、空が晴れていて。 柔らかい夕焼け空のなか、こうして部室内の風景を眺めていると不思議にも心が落ち着く。俺にももうその答えはわかっていた。 つまり俺の居場所は既にここにあるってわけさ。一年と二ヶ月前から。 そしてそれは、そんな緊張感ゼロのなか起こった。 ふいに長門が目線を文字の羅列文から上げる。 コンコン。 まるで呼応するかのように続いて部室のドアをノックする音が響く。 そしてノックの音が充分に響き終わったとき、既に四人はそれぞれの臨戦態勢を取っていた。朝比奈さんは何やら膝の上で拳を握り締めており、古泉は駒の置く手を停めて目だけが微笑みゼロの顔で扉を注視していた。 ハルヒは突然の来客宣言に呼応するかのように団長席でどっかりと腕を組んでいる。 長門は分厚いハードカバーを膝の上に置いたままさっきの目線でやや目を見開いていた。 多分長門にはドアの向こうが見えているんだろう。それくらい長門は簡単にやってのけることを、俺は知っている。 俺はと言うと、特にすることもないためしたがってドアを注視していた。生憎と透視能力は俺にはないが。 部屋の空気が一気に引っ繰り返ったなか、ハルヒは「どうぞ」と扉の向こうにいるであろう人物に了承の返事をした。 それからはまるでスローモーションを見ているようだった。ノブがかちりと音を立てて回り、ゆっくりと扉が内側に開いていき――『そいつ』は俺らの眼前に現れた。振り返ると朝比奈さんは口を手で押さえ、古泉は目を見開き、長門も微量ながら目を大きくしている。 ゆっくり、悠々と『そいつ』は部室内に入って来ると全員の視線を浴びながら、確かな足取りで俺の前を素通りし団長席へと向かった。 そしてついさっきまでの泰然自若の面持ちがどこかへと消え去ってしまった涼宮ハルヒに片手を挙げて、こう言ったのだった。 「よう、久しぶりだなこの時代のハルヒ」 ハルヒの口と両目が呼応しながら徐々に開いていく。 「この俺が、」 そして――。 「……キョン?」 「ジョン・スミスだ」 少しかすれたハルヒの声に『そいつ』は一発目で手札を切った。 教室の空気を春に感じたものと同じ戦慄が走った。そして瞬間的に俺は悟った。このSOS団は瓦解するかもしれない、と。 誰であろう、未来の『自分自身』の手によって。 「うそ……」 ハルヒはまるで漫画のように目を見開き、口をポカーっと開けている。茫然自失の態だ。 古泉は鋭く射るような目を『そいつ』に送り、何故かは分からないがが長門は俯いている。朝比奈さんはわなわなと小刻みに肩を震わせていた。俺の頭のなかには去年からのSOS団でバカやってた記憶が早送りで駆け巡っていた。これがいわゆる走馬灯ってやつか? 俺は『こいつ』になに命の危機を感じてんだ、しっかりしろよ。 俺たち四人が衝撃に黙りこくっているなか、破滅を呼び起こすハルヒと『そいつ』のダイアログは進んで行った。 ――涼宮さんは非常識を望みながらも、とても常識的な考え方の持ち主なんです。 「え? ど、どういうこと?」 ハルヒには珍しく困惑した表情を浮かべている。俺はまるで金縛りにでもあったかのように手も足も声も出なかった。 「だから言っているだろう、俺の名はジョン・スミスだ。お前にとっての四年前、中学一年の今日七夕の日に校庭の線引きを手伝ったあのときの高校生さ」 「で、でも、どう見たってキョンじゃない……」 ハルヒは俺と『そいつ』の顔を見比べている。 「もしかして……そっくりさん?」 とことん、ハルヒは今の現実を受け入れられない様子だ。迷っているのか? 俺たちにとってそいつは明らかに未来からの闖入者だが、ハルヒはそんなことは知らないはずだ。 だったら一体何に驚いているんだ。 真実を言うと四年前からお前の周りは常軌を逸脱した出来ごと尽くしだったんだ。 そして同時に俺は『そいつ』、未来の自分に苛立ちを感じていた。何で、この時期、このタイミングに全てを壊そうとしているんだよ。俺は自分の想いをとっくの前から確信している。俺はこの唯一無二のSOS団が好きなんだ。それは未来の俺にとっても変わらないはずなんだ。変わらないでいてほしいんだ――。 なのに、どうしてだ。どうして知らないほうが幸せでいられる真実を明かそうとする。 まさか朝比奈さん(大)の引き金だっていうのか? こんなことが既定事項だって言うんですか? 「そっくりさん、か。残念ながらそれは違うぜ、ハルヒ。そこにいる奴は……」 それ以上言うな。それを言ってしまうと、もう戻れなくなる。 「過去の俺、つまりは同一人物、ってわけさ。言ってることが分かるか?」 くそったれ! 俺は拳を握り締めてその腕を振り上げようとした瞬間、 「俺とそこの間抜け顔は同じ人間。でもその同じ人間が一つの時間に二人もいるわけないよな? その答えはひとつ」 古泉が素早い動きで俺の手を抑え、目で制した。 眼光の迫力が桁違いだ。その迫力に、俺は自称メイドの裏の顔をまざまざと思い出した。 「つまり俺は、未来人なわけさ」 人差し指を立てて『そいつ』は言う。 「お願いします。ここは抑えてください」 古泉が机を越えて至近距離で囁いた。お前らのところの機関はもう動いているんだろうな? 「えっ……み、未来人? で、でもそういうことになるの……? え、ありえないわ……」 ハルヒは目に見えて困惑している。珍しくいつもは鋭い瞳が不安定に揺れ動き、言葉にも精彩を欠いている。意外と俺よりも頭のなかが常識で雁字搦めになっているようだ。でもある意味正しい反応だとも言える。 さっきからハルヒの視線が『ジョン・スミス』と笹から吊るした短冊の間を揺らいでいる。それに気付いた様子の古泉は目を見開いて驚きぶりを示した。お前も一体どうした、何に気付いたっていうんだ。 「……そうだな、ハルヒ。どうしても信じられないようなら証拠を見せてやる。ほら、これを見ろ」 服の内側から紙の束を『そいつ』は取り出した。まさか、新聞紙か。 「お前ならすぐにその意味が分かるはずさ」 ハルヒは差し出されたものを恐る恐る受け取った。一体どうなっているんだ、未来人は既定事項と禁則事項に縛られているんじゃなかったのか? 朝比奈さんももうどうにかなっちゃいそうな雰囲気だ。 半信半疑の様子で新聞紙に目を通したハルヒは、いつもより大きく目を見開いた。 「まさか……だってこれ、本当に……?」 「そう言うことだ、ハルヒ。その日付と年を見れば瞭然だろ? それが俺が未来からの来訪者だっていう証拠さ」 「つまり……あなた本当に未来人なのね?」 「だから言っているだろう? やれやれだな」 思わずお前がその口癖を使うな、ってシャウトしたくなった。いくらそいつが『未来の俺』なんだとしても、俺は絶対お前を俺自身だとは認めない覚悟だ。 俺は目線を動かすと、果たして今度は俺までもがハルヒに驚かされる破目になった。さっきと打って変わってハルヒの表情が見る見る輝きを増していき、今朝見た専用スマイルに猛スピードで近づいていく。何か楽しいことを見つけたときの涼宮ハルヒの表情。まさか――今の状況を受け入れ始めたって言うのか? 信じられない――がそれでも俺は去年の記憶を再び引き出した。 一学期の中頃、涼宮ハルヒは閉鎖空間のなかで歓喜を起こした。退屈したときとは全く違う別の理由で生み出された『閉鎖空間』。現実を拒絶し、もう一つの新しい世界を受け入れようとした俺だけが知るハルヒの表情と、今のハルヒのそれが酷似していることに俺は気付いた。 俺は虫の報せとでも呼ぶべき嫌な予感がした。そしてだが、やはりそれは当たるのである。古泉、朝比奈さん、長門がそれぞれ草野球のときと同じ、何かを感知した動作をする。 「本当なのね!! やったわ、遂に見つけたわよ未来人!!」 ハルヒは椅子を跳ね除け、そいつの顔を指差した。 「お前が見つけたんじゃなくて、俺から出てきたんだがな」 耳のうしろを掻きながらそいつが言った。 「どっちでも同じことよ! とにかくいっぱい訊かせてもらうわ! あたしについて来なさい、ジョン!!」 そして鞄を掴んだかと思うと、そいつの服の袖を握り締めて猛スピードで扉に向かった。 ――ジョン。そうあの世界で長髪のハルヒは俺をそう呼んだ。 「おいハルヒ!! お前……」 「今日はもう解散していいわ、キョン!! あたし急いでるから!!」 「おいおい、急ぎすぎじゃないのか?」 アイツは苦笑しながらもなされるがままになっている。 「いいのよ!!」 瞬間俺は見た。開け放たれた部室の扉から見えたこちらをちらりと振り返った奴の顔が、酷く醜く歪んだことを。 「お、おい、待て!!!」 だがそのとき既に二人の影はなかった。俺の声は無残にも旧校舎を反響しただけで終わり、静寂のなか俺は不恰好にも腰を浮かせ手を伸ばした状態で少しの間固まっていた。 その静寂を打ち切ったのは古泉だった。 「すいません、どうやら事態は急を要します。現在この地域一帯に規模の大きな閉鎖空間が複数乱立発生しています。これから、僕は機関のもとで神人退治に向かわなければなりません」 顔、声ともに稀に見る真剣さを帯びている。――確かにそれもそうか。お前は一般人ではあるが、確かに超能力者でもある。だが古泉よ。 俺は今すぐにでも鞄を掴み部室を出ようとした古泉を呼び止めた。俺はお前に確かめないといけないことがある。 「あのときのお前の言葉、憶えているだろうな?」 古泉、お前は一体どこに帰属するのか。これだけで俺の意思は伝わったはずだ。さっきから沈黙を保っている朝比奈さんと長門も古泉を直視している。 古泉は眉根をあげ、沈黙ののち口元に手をやりながら答えた。 「……そうでした。確かに……ええ、そのような大事な約束を失念していた自分を深く恥じます」 古泉の声は本当に侘びていた。 「思い出してくれたか。それで、お前の立場は一体どこにあるんだ? 機関の尖兵なのか、それともSOS団の副団長なのか?」 実のところ俺としてはシリアスに迫ったつもりだった。古泉はというとやや目を伏せて、 「そのようなことを確認されるとは。まだ僕は……貴方の絶対的な信頼を勝ち得てはいないのですね」と少し愁いを帯びた表情で絶対的を強調した。どうやら、軽率にものを言ってしまったらしい。だが心配するな、俺はお前に疑念を抱いてはいない。 そして再び顔を上げた古泉は、いつもの凛々しい決意の眼差しをしていた。 一度深呼吸をしたあと、 「自分は……このSOS団副団長、古泉一樹です!」 「あぁ……よく分かった!」 大丈夫だ。まだ、SOS団は崩壊しない。 自分の掌を見つめたあと、俺はそれを固く握りなおした。ここに古泉がいて、長門がいて、朝比奈さんがいる。そうさ、いつもSOS団は危機を手を合わせて越えて来たじゃないか。 俺がいる限り、ハルヒを必ず取り戻してやる。 だがそのときの俺は知らなかった。知りようもなかった。 部室を出たハルヒが走りながら、「ジョン……」と小さく漏らしていたことに。 窓の外の景色は闇一色になっていた。だからといって涼しくなるわけでもなく、俺は部屋のクーラーをつけて更なる熱気を外へと放出させていた。 約束の時刻まであと一時間。俺は素早く出れるように外出着のままベッドの上に寝転がり、携帯電話のサブディスプレイに点滅する時刻をずっと眺めていた。 ベッドの向かい側、普段さほど向かうこともない勉強机の上には何度も読み直した便箋が開かれたまま置いてある。俺が予想したとおりに、その手紙はスタンダードに下駄箱のなかに入っていた。 古泉と長門には家に着いてからすぐに連絡してある。流石に、朝比奈さんの前で伝えるのは許されていないからな。 それにしても依然、ハルヒとは連絡が取れない。――いや、それも当然のことか。 一時間ほど前にかかってきた古泉からの電話。 ――『申し訳ありません。時間がないので手短に伝えます。この世界から涼宮さん、そして先程のもう一人の貴方の存在が確認できなくなりました。これは情報統合思念体とも確認してあります。そして更にほぼ同時刻に、我々の侵入を拒否するほどの強大な閉鎖空間が一つ発生したのも確認しています。おそらくは両名はそのなかにいるのではないかというのが我々機関の見解です。去年のように貴方に協力を仰ぐ可能性もあります』 そのときの古泉の吐いた最後の溜息から全て言い終えたという雰囲気が言外に伝わってきた。珍しく早口で話してそのまま通話を切りそうだった古泉に、俺は便箋の内容を伝える。 ――『……分かりました。僕は貴方に自分はSOS団の副団長であると宣言しています。必ず時刻に間に合うように調整致します』 意識して事務口調で話しているのか、そのまま「では」と機械のように古泉は冷たく告げて電話が切れた。 ハルヒとは連絡が取れない。 当然だ。今この世界から消失してしまっているからな。 しかし――よりによって、どうしてあいつとなんだ? 古泉からの電話のあと、情報の確認と連絡のために去年末から急激にかける頻度の上がった電話番号に俺はコールした。 ――『…………』 相変わらず応答の返事をしない長門に俺は名乗ったあと、古泉の伝達があっているかを確かめた。何度も思うが、「もしもし」くらいは言うように勧めるか。 ――『違わない。涼宮ハルヒと貴方の異時間同位体は二十八分と十九秒前にこの時空間からその存在を認識できなくなった』 ――やはりそうなのか。つまり相当機関の決断が早かったってわけだ。 次に俺は、例の手紙の内容を、言い終わると兎に角沈黙しているアンドロイド少女に伝えた。 ――『……分かった。彼女がわたしの立会いを望んだことには何らかの意図があると考えられる。今から行けばいい?』 待て待てまだ集合時間は一時間後だと慌てて長門に伝えたあと、少し気まずいような沈黙が流れた。 何故だかは分からないがふとそのときの沈黙に、長門がまるで何かを俺に伝えようとして逡巡しているような感覚がした。そういや、帰り際も俺のほうを見て何か言いたそうにしていたような気がする。自意識過剰だろうか。 ――何か言いたいことがあるんなら遠慮しなくてもいいんだぜ、言っただろう? 俺は促してみたが、長門は小さく『いい』と言って、電話を切った。 ――一体どうしたんだ? しかしながら今思い返してみても、古泉の切羽詰った上に凍ったような声には心底肝が冷えた。バックグラウンドには何やら、オペレーターらしき声が飛びかっていた。やはりそれほど緊迫した状況だということだろう。 俺は何も知らない。何も知らされていない。 未来人、超能力者、宇宙人の三者三様の裏事情を。だがそれでも世界は俺に全ての荷を追わせようとしている。まるでそれが世界の意思だとでも言うように。何度も思い返すが、理不尽にも程があるだろう。 一度携帯を開いて閉じ、白く輝くデジタル時計を俺は再確認した。 23 30。 そろそろ出かけることにするか。いつもの、あの集合場所へ。 親に気付かれずに家を出るという荒業を俺は何とかこなし、自転車で向かった。 自転車をいつもの通り銀行の横に止め、道をこえて北口駅の北西口広場に着いた。丁度電車の出発する音が聴こえ、遠くにマホガニー色の車両が走って行くのが見えた。 既に広場には、そこだけは普段通りセーラー服の長門が佇んでいた。まるで何十分も前からそこにいたような雰囲気と一体感を醸し出している。しかし、同時に不釣合いで違和感のある情景にもなっていた。やはり今日ばかりは、いつものあの見慣れた風景とは何かが違っていた。 「よう、長門」 俺は少し明るい声を作って長門を呼んでみた。長門も俺に気付いたようで、無味乾燥ないつもの目を俺に向けてきている。俺は、やはりあいつがいないことが気になって仕方がない。 すると長門は、俺のあたりを探る視線を読んだかのように、 「古泉一樹はまだ現れていない。先程連絡があり、予定集合時刻には間に合わせると言っていた」 そうか、つまり閉鎖空間での仕事は全然かたが付いていないというわけだ。 いつも集合時間の前に余裕の表情で待っていて、柔和な微笑みを向けてくる古泉は俺のなかでいつのまにかデフォルトになっていたようで、それが少しでも異なっていることに俺は精神的不安を感じられずにはいられなかった。 深夜の駅前広場に佇む、私服の少年と制服の少女という組み合わせはさぞかし異様に映ることだろう。まぁ、そんなことはいちいち気にしていられないし、誰も見てはいないだろうから。 俺は長門にもう一人の人物の存在について訊ねた。 そちらもまたデフォルトに、下駄箱のなかに手紙を忍ばせて用件を伝えてきた人物。ここに我々を集めさせた張本人。 「朝比奈さん……はどうした?」 今の朝比奈さん(小)の数年後及びグラマラスバージョンの姿はまだ見えなかった。 俺が長門を見ていると、長門は少しだけ顔を傾かせ――一般感覚で言うと、ほんの僅かに――また言葉を紡ぎだした。 「貴方の言っている人物を朝比奈みくるの異時間同位体と認識した。彼女なら先程わたしの部屋のなかに現れて用件を伝えに来た」 そうなのか。しかし、長門が俺の考えを読んだとは少々驚きだ。 いや今の長門ならそれくらい出来そうだが、出会った当初の長門なら「どっちの」やらなんやら、言っていたであろう。 やっぱりこいつは徐々に人間に近づいている。些細なことからでも俺はそう感じた。 それで何て言ってきたんだ? 「……貴方に伝えていいと判断。朝比奈みくるは彼女が午前零時零分零秒から彼女のいうこの時間平面に留まっている間、彼女自身を防護していて欲しいと頼まれた」 防護って――攻撃から身を守ることだろう? 一体何があるっていうんだ。 「それは彼女自身からあとで伝えられる」 俺はたったそれだけで今がのっぴきならない事態であるということを理解した。長門に助けを求めるということは尋常な事態ではない。しかもあの朝比奈さんが直接長門に頼んでいる。 そのとき車が急ブレーキを掛ける音がして、広場の入り口あたりに真っ黒な車が一台停車した。俺がそのシルエットに何やら見覚えを感じていると、後ろのドアが開きいつもよりやけに真剣な表情をした、不釣合いな超能力を持つ同級生が降りてきた。 なるほど、運転手は新川さんか。古泉はなにやら開いた窓越しに新川さんと話したあと、車はどこかへと走り去っていき、古泉はこちらを振り向いて小走りで近づいてきた。 「遅くなってすみませんでした。少々手間取っていたもので」 古泉が弁解する。だが俺は古泉の表情と焦りようを見て、少々どころではないことをすぐさま理解した。 「何も言わなくていい」 「……ありがとうございます。……それで彼女は、朝比奈さんはもう来たんでしょうか」 「まだ来ていないみたいだ」 一陣の風が吹いた。生温いいやな風だ。空も黒々と分厚い雲に覆われている。せめてハルヒのためにも七夕の日には最後まで晴れていてもらいたいな。 そのあと黙ってその時刻が訪れるのを待つこと、数分。 「まもなく、七月八日午前零時零分零秒」 長門が時報のように短くアナウンスした瞬間、「皆さんお揃いのようですね」と、いつもの妖精の声が聞こえた。慌てて振り向いてみるとやはりというべきか朝比奈さん(大)が茂みのなかから現れてこちらへと近づいてきた。 「いつの間に……」 古泉が発すべき言葉を失っている。まるで、幽霊でも見たかのようだ。その現れ方に驚いているのだろうか。そういや、お前は本人を見るのは初めてだったな。 朝比奈さん(大)は古泉に軽くお辞儀をしたあと、俺に向かった。 「早速ですが、話に入らせてもらいます。……長門さんもいいですか?」 どうやら朝比奈さん(大)は急いでいる。それに呼応するかのように呼びかけられた長門もすぐ頷いて、 「了承した。この広場一帯に不可視遮音フィールド、同時に時空干渉防護シールドを発生させる」 そのまま長門は掌を空に向けて、見えない何かを触る仕草をした。俺は当然首を傾げたが、朝比奈さん(大)は充分だというように頷き、喋りだした。確かこの人は時空震が分かるのか。古泉もなにやら納得したものがあるみたいだ。 「今日、じゃなくてもう昨日ですね、貴方たちは未来のキョンくんを見ましたね?」 俺らは頷いた。 「実は今、貴方たちの時間から数年後の世界に、ある時点で我々の勢力と別の未来人の勢力が突然ですが武力衝突します。それは大規模な時空改変の衝突です。そこで向こうの勢力は涼宮さんの能力を使って改変を行おうとするんですが……なんでその時代の涼宮さんを使わなかったのかは禁則に当たるんですいません。とにかく、この時代の涼宮さんを利用することになるんです。そこで……長門さんはもう気付いているかもしれないけど……」 と言って一端区切り、長門のほうを見たあと、 「情報統合思念体と天蓋領域が未来のキョンくんに情報操作を行って、この時間に連れてきて彼を誘導して涼宮さんが情報爆発をするように仕向けたんです」 それに続いて長門も、「気付いていた。彼の異時間同位体を確認した時点で、両方の勢力の介入を認識している」と続けた。 そうかつまりあの俺は宇宙人の操り人形だってわけか。俺は彼の取った行動が俺自身の意のものじゃなかったことを知ってどこか安心した。 「そういうことになります。ともかく今も未来のその時点では攻撃が繰り返されています。わたしも、本当なら向こうにいるはずなんだけど、特別に貴方たちに伝言するように伝えられてやってきました」 朝比奈さんの声音がいつになく真剣である。それにしても未来人の攻撃って一体どういったものなんだろうか、などと考えていると少し思い出したことがあった。 「朝比奈さん」 「何でしょうか?」 「その正面衝突って……もしかして分岐点のことですか?」 古泉、朝比奈さん(大)がそれぞれ違う理由で驚きを示した。俺としても思い切って訊ねていた。 かつて朝比奈さんが俺に伝えてくれた分岐点の存在。それが何のことなのかはまったく以て不明なのだがひょっとしてこれのことなのではないかと俺はひらめいたのだ。 やはり告げてはいけないことなのか、朝比奈さん(大)が俯いて押し黙った。 少し蚊帳の外状態にあった古泉が割り込んできた。 「ちょっといいですか、その分岐点というのは?」 あとでいいだろう、そう言おうとした矢先何と答えたのは朝比奈さん(大)だった。 「わたしたちが涼宮さんに関連して最も重要だと考えている時間上のひとつの契機です。わたしたちは全てがそれに繋がるために規定事項をなぞっています。涼宮さんに関する時間上の不確定要素も」 「そう……そうだったのですか」 古泉が興味深げに頷く。お前に言ったことはなかったか? 「いえ、まったく以て初耳としか言いようがありません」と、肩を竦めて答える。 「そうか、そうだったか……。とにかく、朝比奈さん。その衝突が貴方たちの呼ぶ分岐点なんですか?」 朝比奈さん(大)は最後の逡巡を見せると言った。 「答えは……いいえです。まだ分岐点は先の話です。決してそう遠いわけではないのですが……」 その解答は俺が前に訊いたものと良く似たものだった。近いけど遠い。遠いけど近い。そういう類のニュアンスだ。 俺はせっかく答えてもらったもののどこか消化不良気味だったが、迷惑を掛けれないとも思い頷く素振りをした。禁則事項の規制の強さは朝比奈さん(小)とも変わらないということなのか。 俺が一歩下がると今度は古泉が手を挙げた。 「ちょっといいですか」 「……え、ええ」やや声が沈んでいるのはさっきの質問のせいか。 「貴方がやってきた未来では現在形で戦闘が行われているんですか?」 「え? そ、そうですけど」 朝比奈さん(大)が驚いたように答える。どういう意味だ、現在形って。アイエヌジーか? 懐かしいな。 古泉は口元を押さえ、いつもの考え込む仕草をとった。 「その戦闘は、……貴方たちの言う既定事項、というものだったんですか?」 すると朝比奈さん(大)が急に黙った。俺にも分かるくらいどうやら核心的なことを訊ねているようだ。 「あと彼らの目的は多分この世界――いえ時間軸と呼ばせてもらいましょう――の消滅及び改変でしょう。この世界では既に、涼宮さんが大きな情報爆発を起こし続けています。いえ、断続的に少しずつ大きくなっているといえば良いでしょうか。とにかく、この世界が貴方たちの世界に繋がっていないということは容易に想像できます。それを食い止める方法を一切思いつきませんからね。しかし、貴方はここにいる。どうしてでしょうか? これは既定事項なんでしょうか」 麗しき朝比奈さん(大)は、目線を伏せたままだ。そういや、朝比奈さんは古泉に対して意味深なことを随分と前に言っていたよな。もしかして、この先関係が悪化というか何かしたりするのだろうか。古泉は挑むような視線を向け続けている。 成る程。古泉一樹、敵にまわしたくない人物、か。確かに厄介そうだ。 暫し沈黙があった。静かになって再び電車の発車の音がする。もう終電の時刻だろうか。 「どうなんですか、朝比奈みくるさん」 古泉が畳み掛ける。彼女も決心したらしくようやく面を上げて、「……言えないことがたくさんありますが」と前置きしてから話し始めた。 「敵対勢力によるこの時間への介入は確かに既定事項外です――わたしにとっては。未来から調査したときこの時間平面にはこのような異常は認められませんでした。この七夕の日は……言えませんが我々にとって都合よく進むことが既定だったんです」 朝比奈さん(大)は、少し間をおいて続けた。すでにこの段階で俺はいくつかの疑問が浮かんでいた。 「しかし事実こうなってしまいました。わたしたちの見解は、この時期の涼宮さんと七夕の日を利用することによって最大エネルギーで時空振動、情報フレアを発生させたいのだ、と考えています。あとわたしがこの繋がっていない時間軸に来られていることは、最大級の禁則です。それにあなた方にSTC理論を言語で伝えるのは不可能に近いので、言えません。すみません」 「じゃあ、本当に繋がっていないんですね?」 「……ええ」 終始、古泉は顎を擦りながら真剣な表情で聴いていた。 俺はというと、100%理解したか? と訊かれたら、ノーと答える自信はある。なんだか朝比奈さん(大)も微妙なところを答えているような気もしてくる。 長門はさっきからずっと無言で朝比奈さん(大)を見つめている。 「もしかして、この時間平面もずっと介入が続けられているのですか?」古泉が訊ねる。 「……はい。わたしたちは今、その改竄の応酬の最中にいます。ですから、長門さんにお願いして気付かれないように手配しているんです。わたしも当然狙われるので」 全くこんな話が現実のこととは到底思えないな。ようは本当に世界の裏側で二つの集団が時間を越えて戦闘を繰り返しているというわけだ。残念ながら、未来人の攻撃が如何なるものかは分からないため、そこら辺の想像のしようもなかった。 「とにかく、この戦闘はわたしたちが食い止めます。貴方たちにはその影響が及ばないようにもします。もちろん『わたし』にも。ですので皆さんには、この流れを元に戻してくれることを頼みたいのです」 なんとも無茶なお願いだ。 「前にもキョンくんには言ったと思いますが、時間を改竄するにはその時間平面にいる人を使って行わないといけないんです。憶えていますよね?」 確かに。二月のあの一週間の出来ごとは多分この先そう簡単に忘れることはないだろう。この先必要にもなるであろうし。 「ですので、わたしたちには不可能なんです、お願いします。あと今回わたしは一切のヒントを上げられません。わたしは何も知らないので。……すみません」 そう――なんですか。やはり、いつもはヒントがあるというわけか。 朝比奈さんは浮かない表情で俯き続けた。何も知らないから何も言えないのか、何か知ってるから何も言えないのか。 「よく分かりました」と言って古泉は頷きをして腕を組んだ。 「僕たちで、頑張ってみましょう――いえ、頑張らなければなりません。ところで彼女の、朝比奈みくるの時間移動には頼れるのでしょうか?」 「ええ、緊急措置としてほぼ全ての時間移動を許可してあります。申請がありしだい許可の返事を取るようにしていますので」 残念ながら、それを聞いても俺は安堵のしようがない。この際、常人離れした三人に頑張ってもらうことにしよう。俺みたいな一般人は、後ろを突いて行く役割で充分さ。 「それでは、頑張ってください。あっ! 必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。じゃないと……困ります。では、また貴方たちと逢えることを願っています」 そう言い残して、どこかへと行こうとしたとき、俺は重要なことを思い出した。 「朝比奈さん!」 「……何でしょうか」朝比奈さんが微笑みながら振り返る。 「訊きにくいんですけど……朝比奈さん。俺たちは貴方を信じてもいいんですか? 貴方は嘘をついていないんですか?」 また風が吹いた。さっきとは打って変わって身体が凍えた。 朝比奈さん(大)もブラウスの上から両腕をさすった。 そしてもう一度笑みを浮かべた。 「信じてもらわないと困ります。だってわたしはSOS団の副々団長なんですよ?」 そう言って朝比奈さん(大)は微笑みを残して小走りで暗闇の夜の街へと消えた。 何となく、俺は追わないほうが良いような気がしてその場に立ち止まっていた。一瞬、三年前の七夕のことが頭を過ぎった。そうか、副々団長ですか。俺は内心少し安心していた。 古泉はずっと腕を組んで考えあぐねている。長門もまだ静止したままでいた。 時刻は、もう零時半に近い。高い空は以前鼠色で、街も僅かな灯りだけを残して闇色に染まっている。 そのまま放っておくと誰も喋らなそうなので、俺から口を開くことにした。 「全く、やれやれとしか形容できんな。それで、これから一体どうするんだ?」 古泉は組んでいた腕を解くと、西洋式にお手上げのポーズをした。 「流石にこれは困りましたね。正直僕だけではどうしようもありませんよ。……実は我々にはタイムリミットというものがあるんです。言っていませんでしたが」 タイムリミットか? つまりはデッドラインっていうわけか。 「ええそうです。拡大し続ける閉鎖空間が全世界を完全に覆う瞬間を我々はリミットとしました。涼宮さんの能力が完全に失われてしまっては、もう何もかもおしまいです。もちろんその閉鎖空間に全世界が覆われて、世界は創り直されるでしょうが」 そして、確かそれはもう停めようがないんだったよな? 「ええ、我々が一番大きな他の小さな閉鎖空間を吸収しつつ成長する、涼宮さん本人が存在すると考えられる閉鎖空間に侵入することが不可能なので、神人を倒してその拡大を阻止する我々の最終手段が実行不可能なんです。……まぁ、一つだけ方法がありますがそれもかなり絶望的と言えるでしょう」 何だそれは。長門もそれを聞いて驚いたように顔をこちらに向けている。もちろんその驚きが表情に表れているわけではないが。 その表情が驚いているってことが分かるのもSOS団のメンバーだけに限られるんだろうな、と俺は少し考えた。 古泉は言い淀み、口を滑らしたと反省するような表情をした。 「それは……去年、貴方が行われたように、涼宮さんをこちらの世界に戻すことです。憶えておられますか? しかし残念ながら、それは無理だろうという結論も同じくして出ています。長門さんがその閉鎖空間に入れるというのであれば話は別なんですが……絶望的なことに涼宮さんは、『貴方』ではなく、『ジョン・スミス』を選んでしまったようなので」 古泉の声はどこまでも張り詰めていて冷え切っていた。 俺はそれを聞いて心のなかに得体の知れない黒い靄が生まれたのを感じた。 どうした、俺は嫉妬しているのか? ジョン・スミスに? 何故? 分からない。 「どうかされましたか?」 古泉が意地悪く微笑んでるように感じて仕方がない。 すると今度はさっきまで貝のように口を閉じていた長門が喋りだした。 「わたし個人の意思で、涼宮ハルヒの創りだした空間に介入することは許されていない。また、情報統合思念体の主流派は観察を目的としている。わたし個人の意思が解決できる問題ではない。……弁解する」 どうしてわけもないのに長門が謝るんだ。 古泉もそれを聞いてまた腕を組んで考える姿勢をとった。全く悪夢でも見ているようだ。夢ならとっとと醒めてくれないか。 朝比奈さん(大)が来たからといって結果的に繋がるのだと期待を抱いてはいけない、ということをさっきの会話で俺たちは暗に釘を刺されていた。ようはあの夏休みのときと同じだ。 「なぁ長門。もし許可が下りたら、俺をその閉鎖空間のなかに連れて行くことはできるのか? 出来るんだったら、無理にでもしてもらわないといけなさそうなんだが」 「……それは前例がないから不明。しかし、不可能に近いことは予測できる」 驚きだ。長門にでも出来ないことがあるのか? 「ある。涼宮ハルヒの潜在的な情報操作能力はとてもわたし一人で防ぎきれるものではない。それに彼女が現在、空間内から断続的に起こしている情報爆発は今までに類を見ないほどの膨大な量である。わたしにはその構成情報を書き換えることすら不可能だと判断した」 そう、なのか。そこまでハルヒはとんでもないやつだったのか。 ということはだ。 「なぁ、古泉。やっぱり朝比奈さんに助けを求めないといけなくなったと俺は思うんだが」 というか、それしかないだろう。古泉は自分で時間移動関係には機関が無力であると宣言してしまっているし、長門も現在の閉鎖空間には無力だということを釈明したし。 古泉も小さく溜息をつき、「確かにあとはそれしか方法は残っていなさそうです」と呟いた。 じゃあ、案ずるより産むが易い。タイムリミットだってそう遠い話じゃないんだろう? 「ええ。まぁ……仰るとおりです。閉鎖空間の拡大率から計算しましたところ、この世界が現状を維持できるリミットは明日の夜九時半頃になると予想されています。確かに少ないですがまだ我々に時間はあります」 夜の九時って言ったら、ハルヒが東中の校庭にでかでかと謎の文字を俺に書かせた時刻と符合する。これも果たして偶然か。 「ではそうと決まれば、今から朝比奈さんに連絡します」 何でいつもお前なんだ? 「どうしてです? そろそろ絞り込んでいるものとばかり思っていましたが」 だからお前の言っていることはどうも分からん。 「いえ、今のは失言でした。とにかく最後は貴方がどうにかされるのでしょう? 準備くらいこちらで整えさせてもらいますよ」 「……古泉」 「何でしょうか」古泉は可笑しくてたまらないとでも言うように顔の筋肉を弛緩させている。 そんなに他人が理解できない皮肉を言っていて楽しいか? 「それこそ、何のことかさっぱりです」 まぁいい、今回は念願の時間移動が出来るんだ。満足じゃないのか? 「さぁ、どうでしょうねぇ。……失礼。…………夜分遅くにすいません、古泉です。今、彼と長門さんと三人でいつもの駅前に集合しています。……はい、そうです。そのことで話をしています。是非来してもらえませんか? ……事情はついてからということで……ありがとうございます。そこでなんですが、来られる途中時間移動の申請をしてもらえないでしょうか? ……ええ、彼が仰っていますと、お伝えください。……それでは、お待ちしております。…………ふぅ。取り敢えず、今すぐ来られるようですよ」 古泉は携帯をしまうと、俺のほうをまた向いた。何だそのよく分からん顔は。何も出てこないぜ? 長門はというと、まだどこか宙の一転を望洋していた。 「長門。ちょっと訊きたいことがあるんだが」 「……なに?」 「お前、『あいつ』が部屋に入ってくる前に扉の向こうを透視、していたよな。あのとき何か見たのか?」 確か長門は食い入るように扉を見つめていた筈だ。長門はまた沈黙を置いて、 「透視ではない。一種の遠隔熱伝導情報感知」 そんなことは残念ながら俺にとってはどうでもいい。それで何を見たのか? 「……貴方の異時間同位体。貴方も見た」 「本当にそれだけか?」 すると長門はさっきよりも長く沈黙した。 長門は俺に据えていた視線をほんの一瞬下げてから、 「……それは禁則事項。貴方にもいずれ解ること」と呟いた。 長門が俺に対して、禁則事項ってワードを使ったのは今回が二度目だ。 どうやらこれ以上は教えてくれないみたいだ。まぁ、分かるんなら別に詮索はしないさ。 ぽつねんと宙を見上げる長門を、古泉が懐疑的な視線で見つめていた。 ――やはり、このとき俺はどこか楽観視しすぎていたようだ。 もっと複雑怪奇な問題であるということに俺は気付いていなかった―― 十数分後。暗闇のなか、街頭に照らされて可愛く走ってくる朝比奈さんの姿が見えた。遠目でもいつもの私服のセレクトに怠りはなかった。 朝比奈さんは一瞬入り口で立ち止まったあと、息を整えながらやってきた。あぁ、今朝比奈さんが驚いているのは俺たちが急に視界に現れたからだろう。長門が不可視何たらフィールドを発生させていたのを俺は思い出して納得した。 「一時的にバリアの一部に進入経路を造成した」 長門がつまらなさそうに補足説明をしてくれた。助かるぜ。 「はぁ、はぁ、はぁ。……ふぅ。遅れてすみません。待ちました?」 赤く上気した顔で朝比奈さんは胸の辺りを撫で下ろしていた。いいえ、全然。朝比奈さんのためなら何年でもほったらかしのまま集合場所で待っている自信がありますよ。 「それで、許可のほうはどうなりました?」古泉が横目で俺を見ながら催促した。どうせ時間の移動をするのだから焦る必要はないと言ってやりたかったが、まぁ、それもまたいいかと俺は何も言わなかった 「あっ! それのことなんですけど……申請したら、まるで待ってたようにすぐOKって出ちゃいました。またこの前みたいにキョンくんの指示に従えって……。目的すら分からないのに、キョンくんって一体誰にとっての何なんですか?」 古泉がやはりとしたり顔で頷く。正直、何なんですかって言われてもなぁ。 とにかく俺は、全てにとって共通認識として《鍵》なんだろ、と俺は理解しているのだが。 「ええ、その認識で間違ってはいませんよ」 古泉、お前は黙ってろ。どうしてか嘲笑されている気がする。 閑話休題、長門よ。あの野郎に会ってそれからどうするんだ? 「彼に対して掛けられている情報操作の解除と、以降の介入を妨害する防護壁を彼の体内にナノマシンとして注入する」 朝比奈さんが少し口元を抑えたのを目の端が捉えた。そういえば朝比奈さんはあれを去年やったらめったら打ち込まれているからな。俺も一度されたが、またあれかあのガブリと一発。 古泉は一つ咳払いをすると、 「では準備も整ったようですので。朝比奈さん、時間移動の準備をお願いします」 「あの、一体いつに飛べばいいんでしょうか」 朝比奈さんが困ったように問いかけて、古泉はまた違った困った表情を浮かべた。俺に助けを求めるように振り返る。そうか、古泉は知らないのか。 俺は長門のほうに頷いて、さっきまで後ろのほうで控えていたところからトテトテと朝比奈さんのほうへ近寄った。 「……手、出して」 「はい」 古泉は瞳を丸くして、朝比奈さんの掌に長門が人差し指を立てる様子を眺めていた。 「あれで伝わるというのですから彼女たちは侮れませんねぇ」憚るように手で口元を隠しながら古泉が耳打ちをした。 お前だって、俺からしてみればおんなじだ。 「何を言っておられるのですか、僕たちには時間を超えたり次元を超えたりする能力はありませんよ」 「空間は超えられるだろう?」 「それも、限定的なものですよ」 つと目をやると長門は朝比奈さんの掌から人差し指を離した。 「分かりました……でもその前に、移動する理由を教えてもらえますか?」 長門はそのまま首を動かして質問を俺たちに回した。 俺には長門が無言のまま俺たちを試しているように感じた。どこか罪悪感を抱えたまま俺は長門から受け取った視線を古泉へと向けた。古泉は俺には顔を向けずどこか時間が惜しいとでも言うように朝比奈さんを真っすぐ向いて、急かすよう答えた。 「それは向こうに着いてからお教えます。とにかく今は『彼』が現れる少し前に遡ってくれませんか?」 「そう……ですか。やっぱりそうかなって思ってました」 瞼を閉じて頷いた朝比奈さんは、そのまま俯きながら掌を出して「手を、重ねてください」と俺たちに向かって告げた。朝比奈さんにはいつも罪悪感がある。俺はいつそのことを謝れるのだろうか。 「では」と断ってから、古泉、長門、俺の順で手を重ねると、誰からともなく目を瞑った。 しまった、時間移動するであろうと読んでいたのに、酔い止めを用意するのをまたしても忘れてしまった。 暫く目を瞑っているとまたしてもあの天地が引っ繰り返るような衝撃がやってきた。心なしか去年より和らいでいる気がする。慣れてしまったということだろうか? まぁ、いい。どちらにしろ、もどしそうになっているのは変わらない事実なんだからな。長門は多分平気だろうが果たして古泉はどうなんだろうか。あいつは今回が初めてのはずだ。いや、しかし鍛えているって可能性もあるな。――どうやって三半規管を鍛えるんだ? そして既に暗転している世界のなか俺の感覚が、そのほか意識諸共完全にブラックアウトした。 灰色の、天井。 目を見開いたとき、俺の身体はどこかの廊下に横たわっていた。ぼやけていたが見慣れていることから、どうもここは旧校舎のなからしい。 どうやら今回俺は前ほどは眠っていない――みたいだ。慣れたのだろうか。顔を傾かせて階段を確認する。 「あっ、今回は……その、禁則事項……の時間を短くしました。……そのほうがすぐに動けますから」 つっかえつっかえ朝比奈さんが答えた。どうやらいつもみたいに長く眠っていると支障が出るってことらしい。つまりは臨戦態勢でってわけか。 あいつが訪れた時刻を俺ははっきりと憶えていなかったが、窓の外の夕紅の景色からもうまもなくであるということは分かった。 「さぁ、もうすぐです」 俺が何故か痛い頬をさすりながら上体を起こすと、階段を上がったところの角から廊下を伺っている古泉が声を掛けてきた。かくいう古泉はゼロアワーを覚えてでもいるのだろうか。 「長門さんから教えてもらいました」 そんなことだろうと思っていたよ。俺は起き上がって服を少しはたいた。 しかし今思い返してみても、ドアがノックされる瞬間の長門の素振りがどうしても不自然だった気がする。単に驚いただけとも取れるかもしれないが、何かが違うような気がする。全くいつもこれだ。俺の脳味噌は何に引っかかっているのか全く教えてくれない。何だっていうんだ。何を『見たんだ』? 暫く廊下の端から伺っていると、反対側から歩く音が聞こえてきた。少し覗いてみると案の定、足音の主は『ジョン・スミス』だった。 何となくだが、まだ俺はその人物を俺と呼ぶことに躊躇いがあった。あいつは俺であって俺ではない。俺であることに間違いはないようだが、俺があんなことをするはずがない。縦え操られているのだとしても、だからといって彼を俺と呼ぶことを俺は素直に認められなかった。 しかし一人で来ているのか。さぁ、今からどうする。まだ『あいつ』は俺たちの存在に気付いていないはずだ。操られているからといって急に長門並みの能力が備わっているわけではないことを祈ろう。古泉は、ノックの前に『あいつ』に近寄ってその動きを止めたあと、長門がナノマシンを注入するような作戦を俺に話していた。……それにしても長門は何が言いたかったのだろう。 思い過ごしの恐れもあるが、そのあとの長門の様子からも俺はどこか不思議な感じを抱いた。放課後やさっきの集まりのときも何かを伝えたそうにしていた――ような気がする。あの俺が、情報統合思念体によって操られていると言うことだろうか。それなら既に聞いている。どうやら俺の頭のなかは去年末から長門の挙動がその多くを占めていることに変わりなかった。 ふとまた覗いてみると、アイツがもう扉の近くにまで来ていた。 ――必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。 俺たちの前から姿を消す直前、朝比奈さん(大)は確かにそう言った。 言われなくたって、当然俺たちはそうするつもりである。その言葉になんらおかしなところはない。筈なのだが、しかし頭のなかで繰り返されるその声に脳がまたしても引っかかっていた。 古泉がゆっくりと動き出し、朝比奈さんにはその場を動かないようにジェスチャーする。そりゃそうだ、俺も異論はない。長門もそのあとを静かに追っていた。そして振り向いて俺にどうも意味有りげな視線を送った。 一体なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか。溜め込むのは良くないって言ってきただろう。 そして、そのときだ。 俺の頭のなかで何かが閃いた。 確かに朝比奈さん(大)はこう言った。『貴方たちの』と。もしや――俺の身体が少しずつ震え始める。俺たちは間違ったことをしようとしているんじゃないのか? この時間移動は前とはどこか根本的に違うんじゃないのか? いや、間違ってはいないかもしれない。しかし――このままではかなり悪い、絶望的な事態になることは必至だ。 あと少しで『彼』に近づくところだった古泉に、俺は慌てて立ち塞がった。既に『あいつ』も俺たちのほうを注視している。しかし俺たちを眺めるその瞳に生気は宿っていず、はっきりと認識しているかは怪しかったが。 「おい、古泉。今すぐ元の時間に戻るぞ!」 思わず、声を荒げる。 「どうされたんです、そんなに慌てて。何か問題でも……」 明らかに古泉は困惑と不服の表情を浮かべている。だが俺は構わずに続けた。 「お前、この先の計画を考えているのか? ここであいつを元の時間に戻したあとどうするつもりだったんだ?」 「遮音フィールドを発生している」 長門が再び誰にともなく言った。ありがとよ。 「まさかだが古泉。お前が考えていないとでもいうのか?」 「ですから、また前の時間に戻れば……っ!?」 古泉の目の色が変わる。顔からも血の気が失せていく。 「お前も気付いたか。そうさ、いつの時代もSF作家がどうしてもぶつかったところだよ。タイムパラドックス、それが全然解決していない」 「……つまり、我々が戻ったとしても……向こうでは何も変わっていない。もしくは、別の我々が平凡に暮らしている。しかも変わるのは『この時間』の我々であって、僕たちではない……。しかし我々の過去では、彼が来ている…………僕としたことが。どうやら大きなミスを仕出かす所だったようです」 「ああ、そういうことに……なる、な。」 どうやら瞬時に俺が考えていたこと以上を理解したようだ。悔しいが認めようじゃないか。 古泉は恥じるように頭を左右に振ると、身を翻した。 「それでは朝比奈さん」 「ふえっ!?」 どうも朝比奈さんの反射神経は声にも繋がっているようだ。 「また、前の時間に戻れますか?」 「俺からもお願いします」 『あいつ』は、ノック寸前の状態でもまだこちらを見つめていた。 その『彼』の姿はどこか老け込んだようにも見え、機械的な瞳にまるで意思を奪われているようにも見えた。俺は未来を護るために『そいつ』を叩き起こさなければいけない。 「……じゃあ、キョンくんの指示には従えといわれていますので……手、お願いします」 掌を差し出した朝比奈さんの表情にも翳りが見えて、ますます申し訳なさを俺は感じた。今回ばかりは朝比奈さん(大)よりも俺たちのほうに非があるのかもしれない。 俺たちは、体内時間的にはほんの数分前と同じように朝比奈さんのそのちっこい掌の上に手を重ねてから瞼を閉じた。 「行きますよ?」 意識がまた飛ぶ直前、慣れた部室の扉をノックする硬い音が微かに聴こえた。 暑い、茹だるような暑さだ。俺はお天道様に釜茹での刑を処せられているのかね、罪状を教えてくれよ。 蝉は所狭しと樹に群がり喚き続け、太陽は首筋を直に燻り続けている。この身体から大量の塩分を奪っていく大粒の汗も、止め処なく流れ続けていた。 谷口のアホ話も俺にしてみれば、蟲や街の夏特有の喧騒と何ら変わりはなく、俺の両耳はそれらを自然とシャットアウトしていた。――塞ぎ切れない音に苛々感が募るわけでもあるが。もうだいぶ慣れたと思っていた光陽園駅からのこの坂道も、唯一この季節、夏だけは例外のようで俺は倍以上の時間を歩いているように感じた。いや、歩かされているのか。 しかしどうしてもこいつに俺は憐憫の目をやってしまう。一度隣で喚く谷口を頭の上から足のつま先までなめてからもう一度溜息をつく。断っておくが、俺はこいつの能天気な頭を特別憐れんでいるわけでも嘆いているわけでもなく、『何も知らない人々』たち、一般ピーポーの最も身近な代表への憫れみを込めた視線、だと言っておこう。 訪れるであろう、涼宮ハルヒによる不可避の世界崩壊。それが一体どんなものになるかは皆目見当がつかないが、頭のどこかでそのまるで黙示録のような予言を『リセット』と結び付けている自分がいた。ゼロからのやり直し。ただゲームと違うところは、次の世界がどうなるか全く未知数だということだ。その全ての根源であるハルヒの閉鎖空間はとどまるところを知らず、拡大の一途を辿っている――という話だ。 つくづく、凡人はいつの世も可哀想である。一方的に巻き込まれ被害者としかならないのだから。そして残念ながら俺がもう凡人の域を超えていることは去年来から知っている。偶に自分の位置づけがごちゃ混ぜになっているって? 人間っていうのは自分にとって都合のいいことしか受け入れられないものなのさ。確かに俺は一般人ではある。しかし同時に世界の裏側を知る人間でもある。一般人とそうでない人間の区別と定義なんてものは、それを推考する角度からによって幾重にも変わるものなのさ。 乱暴に靴箱から上履きを落としてそれに履き替えたあと、俺は谷口の一方通行独白を先頭に教室を目指した。 それでも今の世界がなくなりますよと宣告されているのにこうして学校に登校する俺はどこかシュールでもある。今まで散々非現実と向き合ってきたが、今回は度を越して異常だ。今から数時間後に世界がなくなります分かりましたか、と訊かれて、はいそうですかそれは大変ですねなんて本気で浮世離れたことを言える能天気がいたら俺の前に連れて来い。SOS団に推薦してやる、団員その一のお墨付きだ。 教室に入って軽く挨拶を交わしたあと俺は自席に座りながら、習慣として真後ろの座席を確認した。言われなくても分かっている、今日あいつは欠席だ。そしてこの教室内でその理由を公言できる人はいないだろう。 当然俺もだ。そんな勇気などない。涼宮ハルヒはこの世界から消失しています、だから学校に来れませんなんてな。 それでもこの非日常に四方を囲まれた日常は、何も目にしていなかのうように過ぎて行く。 教師たちは今日も長々と読経をするように授業を続けていた。皆は、というとそれでも試験の点数は至上らしい。残念ながらこの世界の住民は試験の当日を迎えることはない。けれど今の俺にはその滑稽さを笑っていられる余裕さえ持ち合わせていなかった。 そんな当に地球を離れ木星軌道まで吹っ飛んでる俺の思考がこの授業に集中しているわけもなく、昨日の――正確には今日のえらい早くの出来ごとを俺は何度も何度も思い返していた。 朝比奈さんのおかげで出発した時間の少しあとに戻ることの出来た俺たちはそのまま暫く黙って公園の段差に腰掛けていた。一様にえらく疲れた顔をして、あの古泉もまともに疲労困憊であると表情に出していた。長門はどうか分からないが。 突然呼び出されて過去に行けと言われ、行った先で今度は戻れと言われ、やや不服ながらもどこかきょとんとしていた朝比奈さんだったが、事情を説明すると流石未来人らしく早く飲み込んでくれた。ようは、あのままじゃ俺たちがあいつらの立場になることは永劫出来ない、と言うことだ。それが『貴方たちの』という意味。 つまりはこの世界にはたくさんの俺たちがいるということなんだろう。それぞれの細かい時間平面のなかにいる自分たち。そいつらは全員同じで全員違う。決して相容れない――時間的に。というのはあくまで俺と古泉の考え出した暫定的なタイムパラドックスの障害である。本当のところ未来人から見たらどうなっているのかは全く分からない。 とにかく俺たちは別の方法を考えなければいけなくなってしまった。もしくは、あの展開から更にどうするかを。 少し今後の動きについて話し合ったあと、今日の放課後に再度集合ということで解散になった。 今の俺がやや寝不足気味なのは、真夜中に色々ありすぎて、ありすぎたうえに寝れていないからだ。これでも俺の身体は健康的な昼型であり普通に睡眠時間を大量に必要とする。寝ている時間が短くなればなるほど、朝の負担も比例して大きくなるのだ。当たり前のことだって? それは言うな。 やっとの思いで欠伸を噛み殺した俺は、少しでもノートに向かう姿勢をとった。寝ているよりは随分ましだろう。――何かいい考え、思いつかないもんかね。 朝比奈さん(大)はああは言ったものの、何らかのヒントは出ている筈だと俺は思っている。現に彼女の呟いた何気ない言葉は俺たちに誤った道を進ませることを止めさせた。いつもの通りたいして当てにならない勘ではあるが、この状況で常識だけで動くのはもう逆に場違いという雰囲気もする。 結局長門が何を伝えたかったのかは分からない。俺の行動のことかもしれないし、この先の危険のことかもしれない。もしかして『観察が目的』が理由で葛藤してるんだったら、考え直させないといけないな。 とにかく何らかの、もしくは誰かの仕組んだ既定事項通りにことが進んでいる可能性がある。先に教えてくれたら、わざわざ行かなくても済んだものを、何てなことを俺は別にぼやきはしなかった。そのときに教わらなくて、進むことが必然なのだから。 適当に昼飯を食い、適当に授業を聞き流し、適当に掃除を済ませるとあっという間に放課後、俺は文芸部室へと足を向けた。俺の親はしきりに言う。若い頃は勉強の毎日などただしんどいだけかもしれないが、大人になったら分かる、勉強ほど楽なことはないと。 早々と時間が過ぎ去って行った理由は、全く特筆に値するアクシデントが起こらなかったってことだ。全世界切羽詰っている筈だが、古泉から休み時間ごとのミーティングなんて無かったし、長門が不変の表情のまま天地が引っ繰り返りそうな爆弾発言をすることもなく、鶴屋さんから可笑しくなった朝比奈さんの子守りを手伝ってもらう要請もなく、ただただ平凡に過ぎた。おいおい、緊張感の欠片もないぞ。 生徒会はまた何か退屈しのぎを吹っ掛けてくるのだろうか、と俺は部室までの道中ふと思い出した。どちらかというと今期が、あの陰謀色の強い生徒会の豪腕が発揮されるときでもある。――全くそれどころじゃないのが現実ではあるが。 躊躇なく扉を開けると、既に俺以外のメンツが揃っていた。ノックをしなかったのは朝比奈さんがメイド服に着替えていないと読んでのことだ。 「こんにちはぁ」 「あぁ、どうも」 朝比奈さんに挨拶を返して、俺は古泉の対面に腰を下ろすとその表情を伺い見た。多分こいつは今朝、一睡もしていないんだろう。何となく雰囲気からそんな気がした。普段は口を利くことも無い九組の奴らからわざわざ話を訊ねまわったのも、古泉が珍しく遅刻をしたからだ。予想だが、機関は臨戦態勢のままだったのだろう。 張り詰めていた緊張が一瞬で解けて、一気に飽和でもしたような表情を古泉はしていた。 「それで、何か良案を思いつかれましたか?」 溜息混じりに古泉が訊ねてくる。声には張りがなく、どこか一気に老けてしまったように俺は感じた。お前の男前の顔に翳りは似合わないぜ? 「いいや、全く思いつかない。俺が思いつくほどの簡単なもんならお前でも長門でも、もう思いついていてもおかしくないさ」 「これはこれはご謙遜を。貴方はいつも僕たちが驚かれるような手段を見せてくれるではないですか。ねぇ、長門さん。そう思いませんか?」 「違いない」 まったく、長門もどうした? 褒めてもポケットから飴玉は出てこないぜ。 「いえいえ、貴方ならきっと良き、我々をあっと驚かせてくれる策を出してくれると信じています」 まるで教会の神父が礼拝をサボる子供を諭しているみたいだな――無視することにしよう。 「それで、朝比奈さんは何か分かったんですか?」 俺は言外に、時間関係を匂わせた。時間移動に関しては朝比奈さんに訊くのが常套であり、古泉と睨めっこをしていて答えがポロリと出てくる問題ではない。 朝比奈さんは答えることを逡巡しているように見えた。 「キョンくん……どこまで、わたしが言えるのか分かりませんけど……わたしには今回、ほとんど情報を与えられていません。それに……そのTPDDだとか、そのほか時間移動に関わることはわたしの権限では何も言えないんです。何も漏らせないように操作されてるんです。だからその……キョンくんたちが考える矛盾、とかについてもわたしは何も教えることは出来ないんです。それが……決まりだから」 朝比奈さんは俯きながら決まりが悪そうに応えた。毎度毎度思うが、やっぱり朝比奈さん(大)は自分の若い頃に厳しすぎるだろう。 朝比奈さん(大)の考えだとは思うのだが、それでいても今の朝比奈さんに何らかの権利を与えてもいいと俺は思う。確かにおっちょこちょいな一面はあるからうっかりで口を滑らすこともあるかもしれないが、朝比奈さんは俺が知りうるなかで一番真面目な人でもある。だからそういう心配は無いんじゃないかとも俺は同時に思っていた。 とそこまで考えたところで、一瞬頭のなかを――そう、影とも形容すべきものが過ぎった。朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)に厳しすぎるわけ――。 もしかしてそれは、『わたしが今のこの子の立場だったときに、わたしはわたしに会っていないもの』じゃないんじゃないのか――? 俺は今の朝比奈さんの顔に、俺が前に見た両方の朝比奈さんの憂いを帯びた表情を重ね合わせてみた。もしかしてそれは――彼女を助けようと、自分と同じ道を辿らせないようとしている? 「ただ、いつもの事例からしたらどこかにヒントはあってもよさそうなんですけど」 もう一度口を開いた朝比奈さんに俺ははっとさせられ、意識を戻した。誰も俺に注意を払っているようには見えなかった。さっきの考えは忘れよう――。 俺は部室内の沈黙に、やはりそうなのか、と朝比奈さんを除いた三人の心の声を聴いた気がした。どこかにヒントはある。 またしても手詰まりと言った雰囲気が部室に圧し掛かると、今度はその沈黙を破るように長門が急に喋り始めた。 「ただ、導くことは可能」 長門はさっきまで上げてた目線をいつもの膝上に落としたまま続けた。 「確かに貴方たち未来人は自らの手では、未来を創造することは出来ない。何故なら自分たち自身がその未来に属し、故に自分たちの干渉が時間平面の前途に影響を及ぼせないから。しかし自分たちが所属する未来へ、過去の人々を偶然としか思えない方法で利用して時間及び世界の方向を誘導することはいとも容易。何故なら貴方たちは幾度にも試行錯誤を繰り返すことが可能だから。そして貴方たちはその誘導によって、涼宮ハルヒに関する全ての重要不確定要素を、確定し自分たちの未来へと接合させることを命題としている」 長門が語ったそれは俺が今まで聞いてきた断片的なことを纏めたものだった。言っていること事態は俺が今まで聞いてきたことと同じのはずだで初耳というわけではなく、さほど新鮮味はなかった。だが朝比奈さんは小さい身体をやけに縮こませ、古泉はなぜかしたり顔で頷いている。まるで、自分の理論が実証されたときのような学者だ。 長門は最後に俺のほうに顔を向けて告げた。 「そして貴方がそのなかで最も重要になる鍵。貴方自身に時空間に影響を及ぼす特別な能力は無いが、貴方を導くことが彼女の不確定要素を確定させる重要なプロセスになり、ファクターだから。つまり言い換えると全ては貴方の行動次第。そしてそれが結果、偶然既定事項に沿っていることとなる」 今度は俺は今の長門のモノローグに去年の映画撮影のときの不思議な感覚を思い出した。確かあれは俺が長門と古泉のダイアログを撮っていたときに感じていた気がする――。 そしてそのまま長門の後半の独白は冬に朝比奈さん(大)から聞いた事象についての説明とも符合した。 「もしかすると、ヒントはここ最近出されたというわけではないのかもしれません」 思いついた、という風に手を打った古泉は流れ始めた変な空気を断ち切るかのようにそう切り出した。 「……なるほど。つまりは長い伏線というわけだな?」 「それを貴方に言われてはやや興醒めですが……。それに、あの時点ではまだ間違ってはいなかったのかもしれません」 確かにその可能性だってもちろんゼロではない。実のところ俺が思うにそれ以外の方法自体が思いつかない。だが問題はそこから先であり、どうやって俺たちがその時間軸に入り込むか、にある。 「何か手掛かりとなるようなことを思い出せませんか? 去年のことであるとか、時間移動に関してであるとか。我々に残されたタイムリミットはあと――どうやらあと五時間弱しかないようなんです」 そうみたいだな。部室の時計――これはハルヒが持って来た訳ではない――をチェックしたあと、俺は去年の記憶を掘り起こし始めた。 朝比奈さん関連で挙げられるとしたら、まず俺が初めて朝比奈さん(大)に遇ったとき。朝比奈さんに連れられて中一の七夕に時間移動したとき。エンドレスサマーのときの朝比奈さんの切実な告白。映画撮影のときのこぼれ話。――冬の一連の朝比奈さん関連事象、ぐらいだろうか。 それでは整理だ。映画撮影は除いても良いだろう。朝比奈さん(大)に始めてあったときは、多分そのすぐあとのハルヒとの閉鎖空間事件の予告が目的だったように思う。エンドレスサマーのときも、朝比奈さんは泣き喚いていたが俺の記憶が正しければそれらしい示唆は無かったはずである。 つまり残るのは七夕のときの時間移動と、冬の下旬の『朝比奈みちる』事件の二つってわけか。 「その判断が妥当でしょうね」 だがそうなれば残念ながら古泉は更に無関係だ。古泉の顔が自分にはどうもしようがないということを、またしても愁いでいるように見えた。しかしどこでそのヒントは提示されたのだろうか。もしかすると七夕の出来ごとのほうが、ある種重要なのではないだろうか。特に日付が日付だし、冬の出来ごとのときは散々因果応報や辻褄を叩き込まれた感じがある。確かにそれも今の俺らなりの理論の柱にはなってくれているが。とにかく順を追うことにしよう。 「まず、朝比奈さんが俺を呼び止めて中学一年のときに時間遡行した」 「はい」朝比奈さんが頷く。 「そのあと俺はハルヒの線引き係を背負わされる。そしてそのあと何故かTPDDを紛失してしまう」 「ほんと……何ででしょうか」朝比奈さんが頸を傾げる。 「が、それでも長門を頼りにして戻ってくることが出来た……」 以上である。一体どこで? どう考えていっても袋小路だ。どこにも解が見当たらない、懐中電灯を落としたわけでもないのに。 過去に行って帰ってきた、ただそれだけである。非日常すぎて、俺が付け込む隙が見当たらない。だが――俺は何か疑問を感じてはいなかったか? 何か腑に落ちないことがあったんじゃなかったか? そのときじっと考えていた古泉が突然、あっ、と叫んだ。 「そうです! それですよ、それがヒントであり答えだったんです」 「待て、何がだ?」 「僕もはっきりと記憶していますよ、チェスの最中に貴方が僕と長門さんに訊ねられたこと。貴方が疑問に思われていたこと。それが、アンサーです」 古泉が勝手に探偵役を演じている。おい、誰の頭にもクエスチョンマークしか浮かんでいないように見えるのは俺だけか? 長門は空虚な瞳で古泉を見つめていた。古泉だけを切り取ってみれば先が拓けたようには見えるのだが。 「待て待て、俺は全然追いついていないぞ。俺が一体何を言った?」 「ええ、貴方は言いました。この事態を解決する作戦の根拠となる事柄を」 古泉がこちらを見て微笑んでいる。気持ち悪い、やめろ、あっち向け。そして俺は一体全体何を言ってたのかね。 「取りあえず、早速時間移動を始めましょう。朝比奈さん、時間の座標はこの前と同じでお願いします。……いや、それの少し前で、空間座標は校舎内の反対側でお願いします」 「あの、待って下さい、わたしにもさっぱりなんですけど……」 言わずもがな俺もさっぱりだ。全く理解できない。まるでマイナスをマイナスで割るとプラスになると教えられてパンク寸前の中学生のようだ。はたまた自乗してマイナスになる数を考えろと正反対のことを言われてしどろもどろしている高校生か。 「大丈夫です。貴方ならすぐ理解されるでしょう、もちろん朝比奈さんもです。それも分かるんだから仕方がない、としか」 「……それじゃあ、準備はいいですか? 行きますよ」 渋々、と言った表情で朝比奈さんは三度掌を出した。そうだったな、確かに俺は面倒なことは異能力者たちにやらせておけばいいなんて言ってた気もするぜ。俺は尻尾をふっときゃ良いってか? もうそんな位置に甘んじていられないと叫ぶ俺もいるのだが。 二度あることは三度ある。同じく三度目の正直とも言う。しかし――三度目も越えてしまったものは、ただ繰り返すだけなのさ。 何がかって? 酔い止めのことだよ。 くっ、来た―― 俺を引っ張る力が奪われ世界の上下が引っ繰り返ったような感覚がしたあと、再び俺の背中は旧館の廊下に吸いつけられていた。万有引力と重力に感謝。 窓からのぼやけた西日が眩しい。それのせいかもしれないがまだ少し眩暈と頭痛がする。俺だけ規制が強くないか? 同じく『現地人』である古泉よりも。 行動を拒否する頭を支えながら起き上がった俺を、朝比奈さんが袖を掴んで奥に引っ張り込んだ。古泉がそばで「我々は僕たちを見ていないでしょう?」と、分かる人には分かる補足説明を耳元でする。待て、まだ意識が朦朧としている。まるで朝に弱い低血圧の人みたいだ、はたまた爬虫類か。 「まもなくです」と、古泉が囁くと長門が何かを感知したように面を上げた。 そういやさっきからちょっとだけ長門の影が薄かったかな。積極的に喋ろうとしないんだから仕方が無いか。あとでもっと喋るように進めないとな。 どうも頭がふらついて関係のないことを考えてしまう。 「来ましたよ、我々が」 俺は反対側から見つからないように気をつけて覗くと、朝比奈さんに頬を叩かれている自分を見た。なんですと! 俺は後ろを振り返って、朝比奈さんの照れた顔を俯かせて「すみません」と小声で謝るのを見つめた。いやいや、大歓迎です! 畜生、羨ましすぎるぞ俺! どうやら俺は、意識が無いうちに朝比奈さんに度々何かをやってもらっているらしい。くそ、もしそのときに意識さえあれば――。 俺がまた関係なく一喜一憂しているのも束の間、今度はこっち側のドアが開いて悠々と未来の俺が舞台に登場した。 「成る程そういうことでしたか」 古泉がまた何やら勝手に納得している。一体何がだ。勿体つけず、教えてくれ。 「いえいえ。ただの戯言です」 古泉は微笑みながら答えた。余裕の笑みともとれる。――それにしても『あいつ』、俺たちの目の前を素通りして行ったぞ。 「不可視遮音フィールドを発生している」 またしても、ここ2日間耳にし続けている長門の科白だ。考えてみれば随分と反則的な技だな。それを使ったら何でもかんでも辻褄が合う何てことは言うなよ? それより、そのフィールドを使っているんだったら俺たちは特に隠れる必要はないんじゃないのか。 「さて、ここからが正念場です。ここで我々が行動に出なければ未来……この時代の僕たちにとっての未来は変化しません。ですが、行動を始めた瞬間、そこから始まる世界は我々の体験したものとはまったく異なる世界となります。違う世界へ、この場合は未来ですがそこへと繋がる道を開拓できさえすれば、これより続く過去もそちらに流れることになるでしょう」 今一後半部分がよく解らないが、ということはそれもうあの俺たちに見られてもかまわないってことか? 「それは行けません。彼らにもこの未来を辿ってもらわなければ行けない。部室内の我々はこの先の未来を進み、向こう側にいる我々はもう一度七月八日の未明に戻ることになるでしょう。繰り返しますが、僕たちが最初にこの時間に来たとき――つまりは彼らの立場であったとき――今の僕たちを見てはいません」 古泉は満面に微笑を浮かべている。我々の勝利です、と今にでも言いそうな口をしている。少し、考えさせてくれ。 「……待ってくれ、つまり……あの俺たちは俺たちなんだから――そうか、そこであの俺たちはまた俺たちと同じ道筋を進んで、そこでようやく全ての俺たちが未来人たちの望む未来を辿ることになるってわけか! そうなんですね、朝比奈さん」 「ふえっ! そ、そんなの禁則事項に決まってるじゃあないですかぁ」 突然名前を呼ばれて朝比奈さんが悩ましく身体をくねらす。あぁ、それ以上はダメです! 古泉はそれでも満足げに頷いた。 「そうですよねぇ。言えないに決まっていますよね? ですが僕は確信しています。彼の体験と行動、その全てが未来人の既定事項に沿っていることは長門さんが証明してくれてますしね。さぁ、彼らがもといた座標へ時間移動したあと、すぐに行動に移りますよ」 「なぁ、古泉?」 「何でしょうか?」 何か知らないがまるで策謀どおりに敵陣が動いて密かに歓喜している冷徹参謀長みたいに活き活きしているな。 「そう見えますか? まぁ、自分が参謀であることはやや自負していますがね。なにせ、」と古泉は胸を叩き、 「副団長ですから」 と言った。そして俺たちはニヤリと笑いあった。 そのあと俺たちは廊下に出て、彼ら――俺たち――の行動を見ていた。流石長門というべきか、あのとき遮音フィールドしか展開していなかったのは――どちらにしろ俺には感知できないが――今この状況にいる俺たちが彼らの行動を見られるようにするためだったのか。 「……その可能性はある」 ん、長門にしたら随分と不明瞭な答えだな。 「…………」 長門は答えなかった。まぁ、それでもいい。答えが一つ、なんてことは実際問題俺たちにとっては全く関係ないからな。 しかしはたから見ていると、俺の行動は実に滑稽だ。それと同じくらい俺を客観的に見ていることも滑稽と言えるが。新年明けて早々俺は瀕死状態の自分を目の当たりにしたが、あのときとはまた違う感慨がある。一切の声が聴こえてこないのもまるで、昔の白黒のコメディ映画を見ているようだった。 古泉のほうを覗き見ると、同じく腕を組みながら興味深そうにもう一人の自分をまるで細胞の動きを観察するように見つめていた。 「何故、あのとき貴方に言われるまでタイムパラドックスに気が付かなかったのか、改めて思い返してみると不思議でならないですね」 ポツリと呟く。知らん、誰かさんの陰謀かもしれないぜ。脳内を操作したとかさ。 「それは……お断りしたいです」 「もうすぐです……!!」 朝比奈さんの声がした丁度そのとき、今まで俺たちの目の前にいたもう一人の俺たちが忽然と消えた。 何故だ、まだ手を重ね合わせていなかったぞ? まさか――。 「……禁則事項だから」 長門の何とかフィールドか! 「長門さん、急いで!」 古泉が思い出したかのように声を荒げる。『あいつ』はノック寸前だ。その音を、鳴らしてはいけない。 「了承した」 体育祭のときに見せたような超高速ダッシュを長門は披露して、あっという間にあいつの腕に歯を立てていた。俺たちも急いで長門の後ろに集まった。 「全て終わった」 暫くして、長門がそう囁いた。長門が身を引くと、途端に未来の俺にその変化が現れ始めた。 そいつの虚ろだった瞳にはどんどん生気が宿っていき、自分でも「そいつ」の焦点が合い始めるのが分かった。「おうっ!!」ようやく目醒めたか。 「やっと元の状態に戻られましたか。どうやら未来の貴方も現在の彼とさほど変わりが無いように見受けられますね」 「お前は……古泉? それにしては、随分と若いが……待てよ、俺はどうしてこんなとこにいる……まさか――ここは過去か!!」 おい、未来の俺。そのリアクション、自分で見ていると随分恥ずかしいぞ。 「そうか……ここは北校か」 「そうです、ここは貴方がもと居た時間から遡った時空間です。しかし……何も憶えておられませんか? 貴方が何故ここにいるのか」 古泉は丁寧にも敬語を使って未来の俺に訊ねかけた。暫く彼はそのまま腕を組んでいたが、溜息を吐きながら解いた。 「いや悪いが古泉、皆目見当がつかない。……もう一度訊くが、俺は過去にいるんだな?」 古泉は頷き返した。 「……やはりそうなのか。すまん、何も思い出せそうにない。だが……いや、いい。ただの記憶違いだ」 「もしかすると、何も憶えていないのではないかと思っていましたが、やはりその通りでしたか。実はですね……」 古泉が俺たちの置かれている状況を説明し始めた。 それにしても、見ている限り未来の俺はどうやら時間移動自体にはさほど、ショックを受けていないように思える。俺だって初めての時間遡行にはドキドキハラハラ――笑ってもいいぞ――したが、こいつは最初自らの境遇に驚いたあとは至って平然とそれを受け止めている。ひょっとして――いや、したくない想像はやめておこう。ただでさえ今、目の前にいる未来の俺は、今の俺に静かにその境遇を物語っている。 どうやら、何年後かの俺もまだまだハルヒに振り回されるようだ。 全く、嬉しいやら悲しいやらどっちか分からんね。いや、悲しいか、前言撤回。 とそこで思考を止めると、どうやら古泉が長門を交えての現在の状況と送り込まれてきた理由をあたかも演説の如く説明し終わったらしく、未来の俺は再び腕組みをして思案顔になっていた。俺はこんな顔になるのか。 だが一言、「成る程な」と言ったあとどうやら合点が行ったようで、 「そろそろ来るな」 とだけ呟いた。さて、何が来たと思う? 勘の良い奴なら分かるだろう。俺はそれに軽くデジャブを憶えた。 俺たちの頭の上にそろって軽くクエスチョンマークが浮いていたとき、まず俺の隣で変な声がした。 「ふえっ……」 さっきまで隣にいた朝比奈さんがその場に崩れ落ちる。既にその意識はない。そしてそのあと今度は後ろから突然声を掛けられた。 「迎えに来ました」 誰であろう、朝比奈さん(大)の再登場である。 「思った通りちゃんと未来を繋げて下さいましたね。感謝しています。この世界が未来から観測……確定されましたから」 「朝比奈さん、どうやら俺は操られていたようですね」 朝比奈さん(大)の微笑みに未来の俺が苦笑いをして歩み寄ろうとしたとき、二人の間を古泉が遮った。背中を彼に向けて、未来からの来訪者を真っ直ぐ睨む。 「すいません、朝比奈みくるさん。貴方に大事な質問があります。貴方は、一体どこまで知っていたんですか? もしかして我々は踊らされていただけ、なんでしょうか」 声が真剣味を帯び、瞳もいつぞやの森さんの怜悧なそれのまま挑んでいた。これが機関の本領と言ったところか。 廊下の空気が急激に重苦しくなって、誰もが口を閉ざした。もちろん古泉が疑心になるのも理解できる。 どうでもいいがここで誰かが部室から出てきたらそれこそ阿鼻叫喚かもしれないな。――いや、そんなことは無いか。まだ、長門はあの不可視遮音フィールドを張り続けているんだろう。全く反則だ。すまん余談だった。 朝比奈さん(大)は諦めたのか小さく肩を落とすと、 「どうやら貴方たちに信頼されていないみたいですね」 と静かに言った。 いえいえ滅相も無い、これは全部古泉の虚言でして――。 「いえ、仕方がないことだと思います。今まで何も明かさずに来ているのでわたしに不信感を抱いたとしてもそれは当然のことでしょう」 そんなことを――貴方から言われたら俺たちに返す言葉が無いじゃないですか。 俺が不安げにいると、見かねたのか未来の俺が「やれやれ、」と間に入ってきた。 「おい、古泉。お前はそんなに疑り深い奴か? いい機会だからこの時代の俺にも言っておいてやる。いいか、朝比奈さんの言うことは信じろ。未来の俺が言ってるんだ、それくらい信じてもらいたい」 古泉の目は「ですが」と言いたげだが、あいつは構わずに続けた。 「朝比奈さんはお前たちにヒントを与えにこの時代に来てくれている。それだけでいいだろう? そこは割り切れ。もし踊らされているんじゃないかって疑心暗鬼になるなら、言っておいてやるぜ。これから先お前たちは毎回毎回、立ち往生することになる。言葉の真意を真っ直ぐに受け止められなくて、要らない深読みばかりして必ず間違うことになる。だからこそ、」 俺は唾を飲んだ。どうしてか分からないが未来の俺に俺自身が圧倒されている。 「朝比奈さんを疑ったりしないでくれ。朝比奈さんは何も悪くない。行える範囲、規則内で最大限の援助を俺たちにいつもしてくれていたんだ。いや、してくれているんだ。そして……これからもだ」 未来の俺は優しい眼差しをしていた。あいつがこっそり、「確かこんなんだったかな」と言ったことに俺は全く気付いていなかった。 「あ、ありがとうございます……キョンくん」 「いえいえ、俺はこいつらに本当に大事なことを理解させてやったまでですよ」 古泉はというとすっかり言い含められて反論でもあるかと思ったが、それでも殊勝な顔つきで未来の俺を見ていた。 「貴方が彼のようになるのだと思うと、とても頼もしく心強く思いますよ」と俺に囁く。 合わせて俺に微笑む。そうかい、そうかい。 長門はというとさっきからずっと見た目はフリーズしたままだ。どうやらこの様子を長門なりに観察してはいるようだが。 朝比奈さん(小)も廊下に蹲っている、というかもう寝息を立てている。そんな様子を朝比奈さん(大)はちらりと一瞥したあと、俺たちのほうに向きなおった。 「未来のことを口にしてはいけませんが、貴方たちがこれから正しい道を進むことが判明したのでわたしたちはとても安堵しています。もうこれからどうすべきかは分かっているのでしょう? 古泉くん」 「ええ、承知の通りで」 そういや俺はまだこれからどうするかを一つも聞かされていないぞ。ただただ無理矢理連れてこせられただけなんだが。 「いえ簡単なことですよ。まぁ、朝比奈さんにも一つお願いすべきことがありますが」 「何でしょう」 朝比奈さん(大)が顔に浮かべた笑みは、どうも全てお見通しですよと俺たちに語りかけているように感じた。 「今この壁を挟んで向こうにいる、朝比奈みくるに命じて欲しいのです。そこにいる僕、彼、長門さんを連れて過去に時間移動してくださいと」 本当か? 古泉の案は俺を久々に驚かせた。一方で朝比奈さん(大)はというと首を深く縦にしていた。 「朝比奈さんは僕たちに言っています。この七月七日は我々――未来人のことですね――にとって都合よく進むと。しかし実際はそうはならなかった。そこで僕は考えました。彼女は未来から結果としての過去を知っての発言だったのだと」 結果としての過去ってどう言う意味だ。 「つまり、朝比奈さんが見たのは、上書きされた時間だったと言うことでしょう。言ってみればこれも一つのヒントですね。だったらやはり我々がこの時間の上塗りをするということです。そこで重要だったのが『都合よく進む』の意味です。それは何事も無く平穏に済むとはまた違う意味を持っているのだと僕は解釈しました。そして結論に至ったのです。彼らは時間移動をするのだと。そして多分それは僕たちのお願いで朝比奈さん、貴方が命令されるのでしょう」 「ええ、その通りです。でもまさかこんな裏の事情があったなんて知りませんでしたけどね」 「何時に時間移動させるかはお任せいたします。多分それでも当初の予定はあるでしょうから。とにかく、方法は一つしかありません。既に我々の異時間同位体が居る時間平面に僕たちがすまし顔で入るにはどうすればよいか。簡単なことです。彼らに立ち退いてもらえればよいのです。但しそれと気付かれずに」 それが去年の七夕の事件と繋がるのか。 「まぁ、繋がるといいますか、発想を得たといいますか。本物の未来人を前にあれこれと我々の空想論を語るのは些か気が引けますが、例えば……貴方が帰ってきたと最初思われた七月七日はやはり別の時間軸の七月七日であるとか。貴方が体験された時間移動は過去に行って現在に戻ってきたのではなく、過去に行ってそこで三年間を体感時間で言うと一瞬で過ごしたものであるとか。何故そうする必要があったのかは多分僕たちには判らないでしょうし、今言ったことが全て真実であるなんて言う保証は全然無いんですけどね。悲しいものです。とにかく貴方は別の時間軸の住民になる必要があった。それだけです」 お前言っていることは悲観しているようだが口角上がってるぞ。そう講釈を垂れるのもいい加減にしてくれ。俺のなかの何かが爆発しないうちにな。 「唯一つ僕が言いたいと思っていることは、」 まだ続ける気か、と俺が思った瞬間、その古泉の言葉を紡いだ奴がいた。 「過去は一つだが未来は一つではない、だろう? 古泉。ある意味当然とも言えるが」 たった今、部室から朝比奈さん以外が全員出て行った。朝比奈さんはそのあとにいつもの着替えがあるからな。 古泉はパラドックスがどうのこうのと交えながら、朝比奈さん(大)にこの部室内から四人で飛ぶという命令を朝比奈さんに打診してもらうよう言っていた。 何で部室内からなんだと俺が古泉に訊くと、制服が一揃い増えていたら怪しまれませんかと訊ね返しててきた。よく分からないが、増えるんだったらそっちのほうが良いなぁと俺は言ってやったが。古泉は笑い半分困惑半分が入り混じった表情をした。打診する瞬間は朝比奈さん(大)は俺たちの視界から外れた所で打診したため、一体どういったプロセスなのかは依然謎のままだ。とにかく頭のなかの何かで通信しているであろうことは、これまでの長門や朝比奈さん(大)の説明から予想できる。 眠らされている朝比奈さん(小)はそのあと寝たまま身体だけを起こされ、今は壁にもたれかかって寝ている。相変わらず、朝比奈さん(大)はその頬を突いていた。 どうやら、『俺たち』はハルヒを怪しませないように一緒に学校を出たあと、頃合いを見計ってここに戻ってくるようだ。常套手段だ。 それから暫く待っていると古泉を筆頭に一行は戻ってきた。その古泉もどうやら時間移動が出来るとなって喜んでいるように見えた。もう一人の俺はというと一番最後に嫌そうな顔をしながら部室の扉をノックして入った。全く自分が情けないぜ。どうせ、まだ朝比奈さん(大)の陰謀やら何やらを考えているのに違いない。 俺は思った。果たしてあいつはいつ未来人に対しての心構えを変えるのだろうかと。そのことの重大さに気付くのかと。 それからまた沈黙ののち、後ろでポツリと長門が、 「たった今、この時空間から彼らの存在を感知できなくなった」 と言った。もっと分かり易く、たった今、時間移動しましたみたいに言ってくれ。 「では、入ってみましょう」 待て古泉。何でわざわざ入る必要があるんだ? 「ただの確認ですよ、確認。彼らが置いておいてくれないといけない物がありますので」 そういったあと古泉は鍵の掛かっていない部室の扉を押し開け、なかを一瞥してから良かった、と吐息を漏らした。 「お目当てのものはあったのか、古泉」 未来の俺が俺の肩越しに含み笑いをしながら訊ねる。どうやら、背も少し伸びているようだ。 「貴方は結果を知っておられると思いますが……ええ、見つかりましたよ。長門さんも朝比奈さんももちろん貴方の分も」 そう言って古泉は机や床においてあったそれを指差し、俺に「でしょう?」を言外に含ませた視線を送ってきた。俺はというと、納得して思わず安堵の溜息を漏らしてしまった。 「そうだな、古泉。そりゃ、確かにある意味大切だ」 随分と間抜けな忘れ物だがな。 七月八日、確認するまでもないが七夕の翌日、俺はこうして何の弊害もなく登校している。まぁ、この季節という俺らにとっては身近な一番の弊害は、この学校までの長い道すがら俺から塩分と水分を容赦なく、奪ってくれてはいるが。けっ、そんなもの欲しけりゃくれてやるよ――何ぞで済まないことはこの身をもってして確認済みだ。 それでもまず、俺が何事も無くこの坂道を登っていることはもっけの幸いだ。もしもう一人の自分がこの世界に現れでもしたら、それこそ阿鼻叫喚の渦だが、古泉からも昨夜我々四人の異時間同位体はこの世界にやってきてはいないようです。安心してくださって大丈夫でしょう、と電話があったため今のところ俺は安堵している。もれなく長門にも俺は電話をして、その真否を訊ねたのは言うまでも無いことだ。何でそんなに、異時間同位体が重要なのかというと――ドッペルゲンガーなんかじゃないぞ――それは自然の摂理に反するからだそうだ、長門曰く。 未来の俺は俺と古泉に軽く別れを告げると、「ここから先は俺たちの役目だ」とだけ言って、朝比奈さん(大)とともに一足早くこの学校を去った。そういや、未来ではまだ異常事態は続いているのか。 あのあと俺たちは、それぞれ家へと帰ることにしたのだが、困ったことが一つあった。 朝比奈さん――もちろん今の――への対処だ。朝比奈さん(大)が現れてから消えるまでの間結構眠らされていたからな。それはそれで酷い話だ。 目を醒ましたあとは少し子供みたいに拗ねてしまいそうになったが、そこは古泉の出番である。何とか説き伏せてもらった。それはそれは見事なソフィストぶりに俺は舌を巻くばかりだったぜ。 だが何でそれでハルヒも朝比奈さんも納得するんだ。何かこう、言葉では言い表せないがどこか腑に落ちないものはある。だが断言できるのはそれでも鶴屋さんを騙すことは不可能だろうということだ。まぁ、多分あの人なら周りの雰囲気に任せて、そういうことだったにょろ、何て言ってそうだが。 さてこの俺は今、二度目の七月八日を体験している。見事なまでに中身の無い谷口の初めてではない夢物語に俺も空虚な返事をしながら、学校に着いた俺は、それから少しばかり考えごとをしていた。 どうも昨日の晩からその空想が頭を離れず、暫くの間俺は寝る寸前まで思考の海でもがき続けていたのだ。 結局そのまま、何ら変わらぬハルヒと少し絡んでハルヒ曰く、間抜けな顔をしたままずっと一人で勝手に考え続けていた。 結局一人で溜め込むのは毒だと思ったが故に、聴きたくも無いだろうが聴いてくれまいか。 「いえ、何か不明瞭なことがあるのでしたら、喜んで拝聴しますよ」 古泉はいつになく揉み手で俺を迎えた。そういや、俺から古泉に訊ねたことなんてあっただろうか。 お前だったら、漏れなく要らん話まで添えるだろうが、別にいいか。 どうしてか分からないが今はそれが欲しいような気がしている。 まず俺は切り出した。 「まずだ、過去は一つだが未来は一つではないっていう意味は分かった。つまりだな、時間遡行するときは目指す時間は一つしかないが、逆に進むときはその目指す時間というのは幾つにも増える、と言うことじゃないのか」 「ええ、僕もそのように考えていますが。もちろんそれだけではありませんが……何かご不満な点でも?」 「まぁ、待ってくれ。とりあえずそれは置いておいて、先に進める」 俺は古泉を真っ直ぐ捉えたまま、一度唇を湿らせた。 「俺たちが……前まで居たあの世界は一体どうなったんだ?」 古泉が片眉を上げる。 「おっと、確かに話が跳んだ感じはありますが……答えましょう。僕の推測でしかありませんが、一つあり得る考えがあります。それはあのままあの世界は一度破滅したあと、再構築されて再び進んで行く、というものです。多分、長門さんや朝比奈さん側も僕と似たようなことを少し言葉を変えて考えておられるでしょう。涼宮さんが我々の存在をそれでも必要としてくれるのであれば、可能性として新しい世界で我々が再構築されている可能性もゼロではありません。涼宮さんの最大の発動力が解らないので確信は持てませんが、時空間が丸ごと消滅した可能性もあります。貴方が前言っておられたように、それこそ今の僕たちが知る物理法則が悉く捻じ曲がっている世界になっているかもしれません」 古泉は至って真顔でそう答えた。おいおい、何でもありかハルヒの野郎は。全く俺はとんでもない奴と関わっているようだ。俺は大きく息を吐き出した。 「他にも何かおありで?」 「次にだ。思い込みかもしれないが、どうやら未来の俺も俺たちと同じ体験をしている節がある」 「そのようですね」 「つまり、俺たちより以前の俺たちもあの同じ道を辿っている。だったら何故俺たちの世界は救われていなかった? それ以降の過去は変化された過程に随って変わって行くんじゃなかったのか? それにだ。過去に戻るんだったら、俺たちは自分たちの世界を変えたんじゃないのか。何で俺たちは変わらない。存在が消える可能性だってゼロじゃないだろう?」 「……順を追って説明していきましょうか。まず最初に問題となるのは貴方の質問の後半部分です。確かにそれは『過去は一つだが未来は一つではない』に反しているようかのように見えなくもないですが、決してそうではありません。まず我々は一度過去に行っています。その時点では確かにその過去は僕たちの過去そのものだったのです。ですが二度目に遡行して長門さんが彼の動きを封じた瞬間、我々のものとは違う時間が進みだしたんです。時空間が分岐した、朝比奈さんたちが望む未来へと繋がる時間です。簡単に言えば並行世界の理念ですよ、厳密には異なりますが。多分、勘違いをなさっているのでは? 最初に僕は言っていますよ。あの世界は進んで行くでしょうと」 ようはそれが時間の上書きってことか。そういや言っていたような気もする。俺は、冬の終わりに古泉の言った『二つの十二月十八日』のことを思い出した。 「しかし、前半のほうの質問は重要です。確かに彼は僕たちと同じことをしています。ですが我々の世界は救われていないというのは見当違いです」 もっと、オブラートに包んだ言い方は無いのかね。俺は机に片肘をつけながら顔に綺麗なコントラストを浮かべている古泉の顔を見た。 「すいませんでした、慎みましょう。よいですか、救われた世界というのは救われることの無い世界の人々が――重要ですよ?――創り出した世界なんです。言い変えると、破滅の『危機』という規定事項を迎えた世界の人々が創り出すあくまでも副産物の世界、なんです。そして同時にそれは我々改変者の住む世界になります。 全ての我々は破滅の危機を体験します。あの七月七日に『破滅の危機を体験しなかった』という体験を持つ我々は理論上生まれます。ですが実際にリアルタイムでそのような体験をした我々はいません。僕たちはもう一つの我々を時間移動させましたよね。彼らは朝比奈さんたちが見れば確かに別の時間平面に生きる人々なんですが、我々からすれば実はただの理論上の人々、机上の空論の辻褄合わせでしかないんです。すいません僕の説明力と語彙力が及びません。これ以上の説明は難しいです」 そこまで言って古泉は一息入れるように机にあったお茶を呑んだ。それも見る分にはもう冷めていた。俺にはない。 まぁ、何となくだが分かった気はするぜ。ようはだ、俺たちは必ず破滅の危機を迎えるってことだろう。七月七日に『ジョン・スミスの来訪』がなかった俺たちって言うのは理論上は存在するが、そういった体験は絶対しない。――これで、合っているのか? あぁ、言ってるそばからこんがらがって来るぜ。 付け加えると朝比奈さん(大)はあいつらをもと居た俺たちとして勘違いしていたってことだろうか。 「ええ、その可能性も彼女の口振りからすれば大いにありえます。ですがやはりこれは全て既定事項なんです。そして同時に涼宮さんの能力にとても近似していることでもあります。僕たちにとってこの世界は、七月七日のあの時刻までの記録と記憶、歴史を持たされて創り出されたということに変わりはないんです。言ったでしょう、世界は五分前に創られたのかもしれない」 そうか、十二月十八日の改変は宇宙人がハルヒの力を使い、今回の七月七日の改変は未来人がハルヒの力を使った、とも言えるのか。 「あぁ、何でこのようなパラドックスが生まれるか分かりますか?」 「俺に分かるわけがないだろう」 「……そうですね。では答えを言いましょう。……それは世界を変えたのがその時空間の人々じゃなく、別の時空、時間から来た人々だからです」 「……おい、それって」 「この話はここまでです。これ以上は僕にも流石に見当がつきません。他にありませんか?」 直接介入――? 俺は少しの間、絶句していたがこれで質問は終わっちゃいねえ。 「待てよ、これは規定事項だったってことだ。だったら朝比奈さんはやっぱり嘘をついていたのか?」 俺の質問に古泉は少し考えた様子だった。 「さぁ、どうでしょうか。朝比奈さんには嘘を吐かれてはいないでしょうが、やはり未来人には騙されたかもしれません。どちらの朝比奈さんも上層部からは何も教えてもらえていなかった、とか。何故そうされたかは僕たちにはそれこそ永遠に秘密なんでしょうが。もしかすると情報統合思念体と天蓋領域は全てを知っていたかもしれませんね。彼らは次元を超えて時空間を感知できるという話ですから。確信を持って言えるのは、我々は未来の貴方と朝比奈さんが体験した何らかの出来事を同じく体験するということでしょう。全てのオチはそこで明かされるのだと僕は信じています」 オチ、ねぇ――。分かりやすいものだったらいいが。解釈の違いで幾通りにも答えが増えるなんてのは御免だぜ。 ちらと時計を見た。実はこう話をしたいがために、今日は早く部室に来ている。 「なぁ、古泉」 「はい」 「ちょっと考えたんだけど聞いてくれるか? と、言うよりかはこれを確かめたくて古泉に訊ねるんだが」 「構いませんよ」古泉はゲーム盤の上に伸ばそうとしていた手を引っ込めて、もう片方の手と絡み合わせた。 まだ、ハルヒは来ない。 「過去は一つだが未来は一つではない。俺は今回それの深読みをやってみた。そのためのいくつかを今ここで確かめさせてもらった」 古泉は俺が喋りを止めても、口を挟まず黙って微笑みながら俺を見ていた。 「いきなり結論から言う。……正しい規定事項って言うのは、絶対に一つしかない。――以上だ」 「どうして……そう、思われたのですか?」 「……ちょっと長いぜ。……まずだ、過去は一つ、つまり一つの未来に辿り着く過去は同じく一つしかない。これは当然だが。そこでその一つの時間軸のなかで人は様々な経験をする。そのどれかを未来人の呼ぶ既定事項としてみる。未来は選択によって変わる。そのときにその規定事項の選択肢――仮にイエスかノーにしておく――のどっちを選ぶかで結末が大きく変わってしまうことになるとしよう」 随分と、仮定の多い説明だな我ながら。 「けどそこで、どっちを選んだとしてもそれは正しい規定事項になるんだ。違う答えを選んで、仮に未来が分岐してもその未来からすればそれが唯一の過去であり、必然ともいえるからだ。けどそれをどうやっても知る方法は俺たちにはない。だってそれしかないんだから。だから、過去は一つ、そのなかで起きる規定事項の答えは絶対に一つしかない。何故ならどっちをとってもその答えは過去のなかで一つでしかないから」 「つまり、貴方が仰りたいのは、全ての出来事は必然的で運命的でもあると?」 「さぁな。俺は運命なんてのは信じないクチだ。俺だったら、だから俺たちは自分たちの行動に必ず自信を持ち、その責任を持てって言う」 突然、古泉が手を叩いた。 「素晴らしい、とても素晴らしいですよ。まさしくそれが結論として最も相応しいでしょう。やはり、僕は貴方をとても頼もしく思いますよ」 少しばかりの沈黙が部室内を制した。 俺は古泉を見つめ、古泉が俺を見つめ返す。ふと脳裏で閃いた。 「あぁ、それと」 「古泉君とキョン、いる!?」 豪快に部室の扉が壁に叩きつけられる音がして、時の人、涼宮ハルヒの雄叫びが俺の言葉を遮った。腰に手を当て仁王立ちしているハルヒの後ろには朝比奈さんと長門が、城から脱走するやんちゃな姫に無理やり連れ出された侍従のようについていた。だから、朝比奈さんがいなかったのか――ってことは。 「ハルヒ。お前また何か面倒なことを思いついたな。断言してやろう」 俺の視界の後ろで古泉が手を上げて首を竦めるポーズを取った。 「はぁ? 面倒なことって何よ。あたしがいつ迷惑なことをしたって言うわけ?」 「そうだな……エブリシング、エブリタイムとでも言っておくか」 「この、団員の分際で! しかもぜっんぜん発音がなってないじゃない! ちゃんとEverything、Everytimeって言いなさい? 高校生でしょ?」 俺が言い返さず鼻息一つ視線をそらしたのを降伏宣言と受け取ったらしく、ハルヒは悠々と団長席へと凱旋して行った。はいはい、俺は勝てませんよ。 そしてこちらを振り向いたその瞳は案の定の輝きを放っていた。 「それでは今から会議を始めます! 議題は夏休みの活動について――」 ハルヒの堂々たる迷惑宣言を片肘で聞きながら、実を言うと俺にはもう一つ謎があった。それを思い出し、古泉に問おうとしたときハルヒが来てしまったため、訊けなくなってしまったんだが――やはりやめておこうかと思う。 一つの時空を跨いでも揺らがない、ハルヒのあの笑顔がその理由だ。今はそれだけでいいじゃないか。 彼、『ジョン・スミス』がもう一度ハルヒの前に現れることはまだまだ先の話になるだろうなと俺は確信していた。 未来の俺よ。真実が明かされるときは必ずや訪れるんだろう? それまで、答えは保留ってことで手を打ってやってもいいぜ。 そうだ。どうせなら、今からでも来年の願いごとを考えておくか。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3670.html
5.選択 翌朝、俺は重い足取りで学校に向かっていた。 意味もなく早朝登校を続けているので、まだ他の生徒は見あたらない。 学校を休んでハルヒについてやりたいとも思った。 しかし、ハルヒの目覚めに立ち会う勇気がなかった。 目が覚めたとき、ハルヒは俺をわかってくれるのか? それを考えると、とてもハルヒのそばには居られない。 前日、古泉と「諦めるわけにはいかない」と話し、家でもずっと考えた。 しかし、いい案が浮かぶ訳もなく、良く眠れないまま朝が来てしまった。 諦めたくはないさ。 でも、もうできることなんかないんじゃないか。 絶望にも似た気持ちで、学校へのハイキングコースを上っていった。 「今なら話を聞いてくれるかしら?」 「消えろ」 橘京子が再び現れた。俺は目を合わす気すらない。 うるせぇ。お前と話すことなんかこれっぽっちもねぇ。 「涼宮さんを助けたいんじゃないんですか?」 「消えろと言っている」 「もうっ 話くらい聞いてくれてもいいじゃないですか!」 橘は俺の後を追ってくる。うっとうしい。 「わたしは涼宮さんを助ける方法を知っているんです!」 そのセリフに俺はぶち切れた。 「ふざけんじゃねぇ!! そもそもハルヒが倒れたのはお前らの仕込みだろうが!!!」 気がつくと橘の襟首を掴んで怒鳴りつけていた。 しかし、橘は笑みをたたえたまま、余裕の表情で続けた。 「それは誤解です。私たちは涼宮さんに何もしていません」 「それを俺に信じろと言っても無駄だ」 どう考えたってこいつらの仕業だ。 「仮にそうだったとしても、今となっては涼宮さんを助ける方法は1つだけです」 「……言ってみろ」 こいつの言うことを聞くのは癪だった。 ハルヒを、俺たちをここまで苦しめやがったこんな奴らの手は借りたくない。 だが、今はハルヒを助けることが先決だ。どんな借りを作ったとしてもな。 「簡単なことです。涼宮さんの力を使えば助かりますから」 相変わらずの笑顔でしれっと言う橘を殴ろうとする、俺の右手を必死で押しとどめた。 ハルヒの力だと? そりゃ、長門をして情報統合思念体を消させるハルヒの力だ、 ウイルスレベルの宇宙的存在を消すのは簡単だろう。 だが、ハルヒ自身がそれを知らない。 もしかしたら無意識に自分の緊急事態を察して使うかもしれないが、あてにはできない。 かといって、自覚させるわけにも行かない。 そもそも、誰の声も届いていない今のハルヒに自覚させることすらできないだろう。 「だが、ハルヒは意識的に力を使える訳じゃない」 そんなことはこいつだってわかっているだろうが。何なんだよ一体。 「ええ、ですから意識的に力を使える人に使ってもらえばいいんです」 ……機関のような組織の人間は回りくどい表現が好きなのか? 「はっきり言え」 「判ってるんでしょ? 涼宮さんの力を佐々木さんに渡せば、佐々木さんが助けてくれます」 「ふざけるな」 やはりそれが目的か。畜生、ぶん殴ってやりてぇ。 目で殺せるなら殺してやるくらいの憎しみを込めて、橘を睨み付けた。 橘は俺の視線を平然と受け止めて言った。 「でも、今となっては他に方法がないですよ。時間もありません」 悔しいが橘の言うとおりだ。 さっき思った通り、ハルヒを助けることが先決だ。 ハルヒさえ助かれば……。 「佐々木はこの話を了承しているのか」 聞くと橘は目を伏せて言った。 「いえ、今回の話を佐々木さんは知りません。でも、言えば了承してくれるはずです。 佐々木さんはそういう人。あなたも知ってるでしょ?」 そうだ、佐々木は人が苦しんでいるのを放っておく奴ではない。 だが、以前佐々木はこんな力を持つことは望まないと言っていた。 それを押しつけてまで佐々木に頼るわけにもいかない。 そんな俺の心を見透かしたように橘は続ける。 「佐々木さんが力を持つことを望まないなら、佐々木さんは涼宮さんに力を返すでしょう。 すべてが終わった後にね」 相変わらずの笑顔で俺を見続けている橘。 俺は悩んだ。それしかないのか? はっきり言って、1から10までこいつに踊らされている気がして癪にさわる。 だが、俺はハルヒを助けたい。 佐々木が力を受け取った後にハルヒに返すかどうかはわからんが、それでもいいんじゃないか? ハルヒの力がない方が、世界も安定するんじゃないのか? ふいにそんな考えまで浮かんできた。 いや、俺はどうかしてるぞ。それでいいはずがないじゃないか。 しかし、どうすればいい? 今日にもハルヒは目覚める。目覚めたとき、ハルヒは何者かに変わっているかもしれない。 俺はどうする? ハルヒに会いたい。 教えてくれ、ハルヒ。 俺はどうすればいい? 心を決められないまま、俺は口を開いた。 「……お前の言うことはわかった。俺は……「ダメですよっ!!!!」 いつもなら力の抜けるような高い声に、今日は鋭く遮られた。 「朝比奈さん!?」 我がエンジェル朝比奈さんが、目にいっぱい涙をためて俺を睨み付けていた。 「ダメです、ダメだったらダメです!!!」 マンガのように俺をぽかぽか殴りつけてくる。 俺は状況を理解できなくて戸惑っていた。 「えーと、朝比奈さん、何でこんな早くにここに居るんですか?」 「それは今日この時間に……いえ、何でもないですっ! 禁則事項ですぅ!」 なるほど、朝比奈さん(大)あたりから指令が来たのだろう。 そこまで言えばわかってしまうんですけどね、朝比奈さん。 俺は苦笑しながらも言った。 「俺はまだ何も言ってないんですが、何がダメなんですか」 俺が言うと橘が口を出した。 「朝比奈みくるさんは、涼宮さんを助け出す良い案を持っているんですか?」 相変わらず余裕の笑みだ。むかつくぜ。誘拐犯のくせに。 「そんなのありません! でもダメです!」 朝比奈さんは必死に言う。いや、だから俺はこれからどうするつもりなのか言ってないんですが。 「キョンくんは橘さんたちに協力するんですか! そんなのダメですっ!」 ダメの一点張りだ。 「いや、俺はまだ協力するとは言っていませんよ」 何とかなだめないとな。第一、俺はまだ協力する気にはなっていない。 実を言うと、佐々木に会ってみようと思っただけだ。 そう言うと、朝比奈さんは激しく首を横に振った。 「だからそれもダメです! キョンくんは涼宮さんのそばに居ないとダメなんですっ!」 俺は呆気にとられた。ここまで強硬に言い張る朝比奈さんは初めて見た。 一体どうしてここまで言い張るんだ? 「あら、それで涼宮ハルヒが乗っ取られるのを黙って見てろって言うんですか?」 橘がむかつく笑顔で言った。だが、橘の言うとおりだ。黙って見てるだけ何てできない。 「まだ、できることがあるはず。キョンくんならできますっ」 そう言うと、それまでこらえていたのだろう涙がボロボロとあふれてきた。 それは買いかぶりです、朝比奈さん。 しかし、何で今日はここまで強情なのだろう? もしかして…… 「それは既定事項だからですか?」 朝比奈さんがここまでこだわるなんて、それ以外に考えられない。 だが、それは瞬時に否定された。 「違いますっ! ひっく……も、もし、そうだとしても、わたしには、し、知らされて、ません」 そうだった。朝比奈さんの持ってる情報なんて、俺と大して変わらない。 だが、それなら何故。 「ご、ごめんなさい、わたしのわがままです……」 まだ泣きながら朝比奈さんはそう言う。 「でも、キョンくんは、ほ、本当に、佐々木さんに、ち、力を移したいんですか?」 そのとき、目の端で橘の表情が変わるのを感じた。 それまで余裕の笑みでいたのに、少し顔をしかめていた。 ──余計なことを言わないでください。 その表情はそう語っているように見えた。 それを見て、急速に俺の頭は回り始めた。 バカか俺は!! 今まで何をやっていたんだ!! 最初から橘は俺をはめる気でいたんだ。佐々木に能力を移すために。 何故かしらんが、それには俺の協力が必要らしい。 だが、俺はそのままでは協力しないだろうことは奴らにもわかっているはずだ。 だから、今回の件を仕組んだ。 仕組んだのは橘の組織ではなく、天蓋領域かもしれない。 少なくとも隕石は、橘の組織では無理だ。でもどっちでも一緒だ。 ハルヒの力を佐々木に移したいかって? そんなことは決まっている。答えはNOだ。 そりゃ、ハルヒの変態パワーがなければいいとも思うさ。 でも、そうしたらSOS団はどうなる? 俺以外の3人は、ハルヒの力があるから集まっている。 ハルヒの力がなくなれば、去っていく可能性が高い。 古泉は自分の意志で残ることも可能かもしれないが、長門と朝比奈さんは無理だろう。 そして、それが朝比奈さんをあそこまで強情にさせた理由だ。 朝比奈さんはSOS団の一員でいたいんだ。俺と同じように。 ハルヒもそうだ。SOS団がなくなるなんてことは許さないはずだ。 俺の判断でそんなことになったら、一生罰ゲームをやらされるに違いない。 全財産賭けてもいいね。 それに、佐々木自身、自覚してそんな力を持つことは辛いんじゃないのか? 世界に対する責任を持たされるも同義だ。まだ10代の、高校生の身で。 橘の機関にも、常に監視されることになるだろう。自由もなくなるかもしれない。 佐々木にそんな思いを味あわせるのも嫌だ。 ここで橘に協力しないで、ハルヒを助ける方法があるのか? 今はまだわからない。だが、今までにヒントはあった。 古泉の言葉を思い出して、俺は心を決めた。 賭けてみるさ。やっと俺にできることが見つかったんだからな。 だったら時間がない。さっさと動くとするか。 ハルヒが助かるのは既定事項に違いない。 そうでしょう? 朝比奈さん(大)。 やっとわかりましたよ。 俺は俺の気持ちに正直に動きます。 それがハルヒを助ける方法なんでしょう? 「朝比奈さん、すみません、そんなに泣かないでください」 「ほぇ? キョンくん?」 そんな涙目で見つめられたら抱きしめたくなるじゃないですか。 「俺が悪かったです。本当にすみません」 良かったら一発殴ってください、と言おうと思ったが、困らせるだけだろう。 しかし、早朝登校を続けていて良かったぜ。 こんな状況を登校中の北高生徒に見せていたら、男子生徒の半数から殺されるところだ。 「ちょっと、どうする気ですか?」 心なしか青ざめた橘が俺に問いかけてくる。 だが、俺はそれを無視した。 「ちょっと電話かけます」 朝比奈さんにそう言うと、電話を取り出して古泉を呼び出した。 「ちょっと無視しないでくださいよ!」 何か喚いているやつがいるが知るか。 『もしもし』 古泉が出た。今は閉鎖空間が出ていないのか。 「朝早くから悪い。頼みがあるんだが」 『なんでしょう?』 「俺を見張っているらしいから、近くに車があるだろう? 俺のとこに回してくれ」 歩いて行ってもいいんだが、時間が惜しい。 『どちらへ行かれるんですか?』 「お前のところだよ」 『えっ! 何ですか?』 「じゃあよろしくな」 驚いている古泉という珍しい物を見たかった、と思いつつ電話を切った。 「朝比奈さん」 「はっはい!?」 「一緒に行きましょう!」 「へっ? え、えーと、どこへですか??」 まん丸に見開いた目で聞き返してくる。 そんなの決まってるさ。 「ハルヒのところにですよ!」 車が現れ、俺たちが乗ろうとするのを橘が腕を引っ張って邪魔をした。 しかし、運転手の新川さんが下りて行くと、橘は引き下がった。 森さんもだが、新川さんも相当怖い。こうなると、古泉の本性が気になるところだ。 「古泉のところへ行くと伺っておりますが」 新川さんが俺に言った。 「ええ、お願いします。古泉に頼むのが一番早いでしょうから」 「かしこまりました。古泉は機関の本部におります。ご案内しましょう」 何を頼むのか、と聞かないのは訓練されているからだろうか。 新川さんは何も詮索せずに車を出してくれた。 しかし、朝比奈さんは当然聞いてきた。 「涼宮さんのところに行くんじゃないんですか?」 そりゃそうだ。さっき俺は朝比奈さんにそう言った。 「ええ、そうですよ。ただ、ハルヒに声が届きそうなところです」 「えっ? どこですか?」 頭の上に5個は?マークが飛んでいるだろう。 「今、病院にいるハルヒに話しかけてもまず届かないでしょう。 だったら、ハルヒの精神世界に入り込むしかないんです。確証はないですが」 「どういうことですか??」 「閉鎖空間に行くんですよ」 「ええええええ!?」 俺はあっさりネタ晴らしした。 確証はない。ただ、古泉はハルヒが俺を呼んでいると言った。 そして、それは閉鎖空間に入るとはっきりすると。 だったらあそこはハルヒの精神世界の一部でもあるはずだ。 俺を呼んでいるってのなら行ってやるよ。待ってろ、ハルヒ。 6.《神人》へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/256.html
「ねぇ、キョン。駆け落ちしよっか?」 朝っぱらから物思いに耽っていると思ったら・・・何を言い出すんだ、コイツは。 ”駆け落ち”なんていう言葉は、お互いを愛し合っているが結ばれない運命にある二人がその運命を打ち破るためにだな。 「あたしとさ、樹海に行かない?」 しかも、死ぬこと前提でかよ。 頬杖つきながら、ぼーっとした顔で空を眺めんでくれ。 俺はいつも馬鹿みたいにテンション高いお前しか知らんのだ。 そんな違う一面を見せられたら、したくなくても『なぜか』動揺してしまう。 「ねぇ、聞いてるの?」 頬杖を止めてこちらを向いたハルヒの眉がキリキリと上がる。 これでこそ、俺の知っているハルヒだ。 論理的な思考型な俺は、理由を聞いてから何事にも答えるようにしているが、 ハルヒは突飛なことを言う割りにその理由を聞かれると不機嫌になるし、答えようとはしない。 『駆け落ちしよっか?』って言った理由をハルヒに聞くのはナンセンスだ。 …だが、聞いてしまう。 だって、それが俺の思考パターンだからだ。 「聞いてたけど、どうしてまた駆け落ちなんだ?・・・その前にどうして俺なんだ?」 こいつはいつも主語と述語が抜ける。そして、その経緯、説明もない。 まるで”私の思考はアンタには伝わってるから、説明しなくてもいいのよ”みたいな。 あいにく俺は、古泉みたいに超能力者でもないから相手の思考を読み取ったりできない。 …ってアイツは閉鎖空間の中でしか能力使えなかったか。 例えにもならないとは、本当に使えない奴だ。 「キョンなら、着いてきてくれると思ったの!」 恥ずかしそうに目線を外す・・・普通の女の子っぽい仕草も出来たんだな。 って、どうして俺なら着いてきてくれるなんて思ったんだ? 俺の思考を読み取ったかのようにハルヒが続けて口を開いた。 「だって、アタシのいう事素直に聞いてくれるんだもん。だから」 ちょっと待て。この際、俺の長所・性格・人物像は関係なしかよ。 どうみても、ハルヒの主観イメージだけじゃねぇか・・・ しかし、俺が安易に否定すればハルヒはまた不機嫌になるだろう。 古泉・長門・朝比奈さん(大)は口を揃えて、その事を忠告したけど、俺には関係ないし、 どうするかはハルヒ次第なのだから・・・ごく平凡一般の俺がとやかく言っても仕方がない。 まぁ、古泉の言っていたハルヒの言葉をできるだけ尊重するようにしてやんわりと話を流してみるか。 「お前がどうして『駆け落ち』だとか、『樹海に行きたい』とか言ったか分からんが、そんな事しなくても俺は3年間お前にこきつかわれる運命だ」 「いつ、何処で、何時、何分、何秒にアタシがアンタをコキ使いたいって言ったのよ!」 「お前の俺への態度を見たら、誰が見ても奴隷とご主人様みたいな関係に見えるぜ?」 ハルヒが何か言おうとしたので、トドメの一撃を刺しておこうと思う。 「でも、別にお前に使われるのは嫌いじゃない」 ちょっとでも、恥ずかしい台詞を言われるとあたふたして、柄にもなく論理的に否定したり、話変えたりするから この戦法はかなり有効なのだ。・・・しかも、実証済み。 すると、暫くハルヒは何か考え込んだ後、パチンと手を合わせて、俺を指差した。 「決めたっ!アタシに使われるのが好きなら、高校3年間と言わずその後も使ってあげるわ」 「・・・なーんて、事があったんだよ」 部室にて、古泉と将棋を指しながら今日の昼休みにあった事を話した。 …というか、どうしてコイツは手数掛かるのに穴熊作ろうとしてんだ?その間に攻め込まれたら終わりなのに。 「キョン君はまた仕出かしましたね」 なんて、真剣な台詞をにこやかに言う古泉。 続けて「僕のバイトもずっと続きそうですねぇ」なんて言いながら、ため息つきやがって。 「どういうことだよ?俺がなんかやったか?」 俺が質問を投げかけると、古泉は鼻の頭を撫でながらこう言った。 「涼宮さんは新たに思い込んでしまいました・・・いや、決意したと言ったところでしょう。彼女は言ったのでしょう? 『高校3年間と言わずその後も使ってあげるわ』と。その意味は分かりますか?その後とは彼女にとってどれぐらいの期間なんでしょうねぇ。 その言葉を推理して、最も現実的で実現可能な事となると・・・」 「なんだよ」 「キョン君。結婚式には呼んでくださいね。・・・あと、あなたは主夫に向いてますよ」 古泉がまたアホな事を言い出した。 こいつは、推理してるとき自分に酔っているんじゃないかと思うことがある。 推理に気を取られて、将棋がおざなりになっているのはコイツらしい。 「王手・・・はい、どうやっても詰みな。しかし、お前の例えはよく分からん」 「はは、負けちゃいましたね」 自分が負けたのにニコニコとしているのもコイツらしい。 さて、と。ハルヒが朝比奈さんの写真撮影を終えて帰ってくる前に、このフラッシュメモリにmikuruフォルダを移動させておくか。 将棋の片付けをしている古泉がポツリとこう言った。 「あなたは、涼宮さんにプロポーズしてOKされたんですよ。順序から言うと、涼宮さんがプロポーズして、あなたがOKしたというか」 なんて言いながら、クスクス笑う古泉。 今のお前相当キモイ悪いぞ。 fin
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/143.html
キョン 気のせいか、妙に本格的だな。 ハルヒ じゃあ、いくわよ。古泉君、スモークと照明お願い。 古泉 おまかせください、閣下。 ハルヒ さあ、よみがえれ、アイアン・ライター! キョン って長門かよ! 長門 調査結果を報告する。許可を。 キョン あ、ああ。やっちまえ。 長門 現在、日本国で流通するうち、発行部数が上位32000作品のあらすじについて分析を行い、よく読まれる物語に要求される傾向を抽出した。 キョン おう。すごいな。 長門 ストーリーに求められる得性の共通因子を、25文字以内の現代日本語で述べると次の通りとなる。すなわち「予想を裏切りつつも、期待を満たすストーリー」。 キョン なんだって?もう一度、言ってくれ。 長門 予想を裏切りつつも、期待を満たすストーリー。 キョン わかるような気もするが、もう少し長くていいから、説明してくれ。 長門 予想どおりすぎると読者は退屈する。この先どうなるかわからないからこそ、読者は続きを読もうとする。 キョン なるほど。 長門 しかしあまりに外れると、読者はついていけなくなる。オリジナリティを求めて新奇さに走るあまり、読者に反発された例は多い。人気の出たストーリーは、大筋では読者がすでに知っている定番どおりのものが多い。 キョン 裏切りつつ、裏切らないという訳か。バランスが難しいな。 長門 もっとも多い形態は、結末は定番だが、設定や結末に至るプロセスに工夫を施したもの。たとえば読者に「どうせハッピーエンドだろうが、この設定(あるいはこんな展開)でどうやってハッピーエンドにこぎつこけるのか」と思わせて読者を引きつける。 キョン なるほどな。 長門 がんばって。 キョン お、おう。 ハルヒ じゃあ、次へ行くわよ。第二の鉄人よ、出てこいや! キョン って、鶴屋さん。 鶴屋 あたしの担当はキャラクターづくりと描写のイロハにょろよ。まあ、どろ船に乗ったつもりで、安心するっさ。 キョン とても気が抜けません。 鶴屋 描写はめがっさ大事にょろよ。この話みたいに、セリフばかりで描写がないと、読者が作品世界に入って行けないっさ。 キョン そんなもんですか。 鶴屋 マンガや映画は絵や映像があるにょろ。そのシーンにぴったりの映像を撮るために、ある監督は「あの太陽をのけろ」と言ったっさ。 キョン そんな無茶な。 鶴屋 無茶しても撮りたい絵を撮るのが監督にょろよ。同じ台本、同じセリフ、同じストーリーでも、どんな絵かで全然ちがうものになるからねえ。小説には言葉しかないから、どんな風に描写するかは、マンガや映画でどんな絵で表現するかと同じくらい大切なんだよ、うん。 キョン なんか難しそうですね。 鶴屋 セリフは書けるけど、描写が苦手という人は少なくないっさ。そこで!今日は特別に鶴屋流描写の極意を授けるにょろよ。これさえあれば、描写で困らないこと、間違いなし! キョン それはすごい。 鶴屋 モデルを見つけて、その子のことを常に頭に思い描くにょろ。セリフは心に残りやすいから、むしろその子のしぐさや立ち振るまい、その子がいつもいる場所などなど、具体的に思いだすっさ! そのためには普段からよく観察するのが一番! だからモデルにするのは身近な人がいいかもねえ。普段、見過ごしているものを見るってことだね、キョン君。見ていないものは書けない、ボクシングにラッキーパンチはないということにょろよ! キョン はあ。 鶴屋 じゃあ、キョン君、がんばるにょろ〜。 キョン あ、はい、がんばります。 ハルヒ 泣いても笑っても次が最後よ。第三の鉄人よ、出でませい! みくる は、は、ふぁい! キョン 最後は朝比奈さんですか。 みくる わ、わたしは、せ、セリフについて教えますっ! ハルヒ みくるちゃん、かみかみよ。古泉君、スモークで見えないから、カンペはもっと近くに。 古泉 はい、閣下。 キョン あー、朝比奈さん、無理せずに、犬にかまれたとでも思って、そこそこに頑張ってください。 みくる はいっ、一生懸命がんばりますので、応援してくださいっ! 谷口 エム・アイ・ケー・ユー・アール・ユー、み・く・る!! キョン 谷口、こんなところで何やってんだ? 谷口 にぎやかしだ。俺は俺で満ち足りてるから、気にするな。 キョン そうか。 みくる セリフはとっても大事ですっ! キョン おわっ。 みくる どんなに思ってくれていても、きちんと言葉にして欲しいんですっ!! キョン あの、小説の話ですよね? みくる そうですっ!間違いありませんっ! キョン そうですか。 みくる 普段なら絶対に言わないようなセリフも、お話の中ではゆるされるのです! 谷口 エル・オー・ヴィ・イー、ラブリー、み・く・る!! みくる キョン君、あの、がんばってください。気持ちは必ず伝わりますっ! キョン はあ。とにかく、がんばってみます。 ハルヒ というわけで豪華講師陣によるレクチャーはここまでよ! キョン ある意味豪華という気もするが、いつものメンバーとも言えるぞ。 ハルヒ さて、あとは実践あるのみね。 と言ってハルヒは、ズンという効果音とともに、俺の視界をふさぐように前に立った。 ハルヒ 今日のレクチャーは、ほとんどあんたのために開いてあげたようなもんなんだからね。さあ、キョン、前回のリベンジよ! 全校生徒に砂という砂を吐かせて、校庭を砂丘に変えるような恋愛小説を書きなさい! キョン 無理だ。 ハルヒ こら、キョン! どこ見てんのよ!? キョン なぜ俺の前に立ちふさがる? ハルヒ 鶴屋さんが身近な人物を観察しろって言ったでしょ! 古泉 さすが涼宮さんですね。彼がどれだけ顔の向きを変えても、すぐさまそれに反応しておられる。 長門 シュートコースをふさぐ熟達したディフェンダーの動き。 みくる 涼宮さん、ガンバです! 鶴屋 おやおや、今日はブラックみくるがオチじゃないのかい? 谷口 お、俺には何も期待するなあ!「ていうか、お前らさっさと結婚しろぉ!!」じゃ駄目? 長門 駄目。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1553.html
二人のハルヒ 第1部 二人のハルヒ 第2部 二人のハルヒ 第3部 二人のハルヒ ハルヒの気持ち
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1040.html
俺がハルヒの元に戻って数時間。長門の反撃に驚いたのか、敵はめっきり攻撃してこない。 しかし、またいつ襲ってくるかわからないので、俺たちは結局前線基地で銃を構えてぴりぴりしなけりゃならん。 これがゲリラ戦って奴なんだろうな。 ここに戻ってきてからはすっかりハルヒに見張られるようになっちまった。 度重なる命令違反にさすがにぶち切れたらしく、さっきから便所に行くのにもついてこようとしやがる。 せっかく長門に礼を言おうと思っているのに、それも適わん。 「全く少しでも目を離そうとするとどっかに行こうとするんだから。まるで落ち着きのない子供ね」 またオフクロみたいな事をいいやがるハルヒ。 俺は嘆息しながら、仕方なくまた正面の住宅地帯を眺める。古泉のUH-1ミニガンですっかりぼろぼろになった民家を見ると、 ここが本当の戦場なんだろうと思ってしまう。 もうすぐ日が落ちる。辺り一面がオレンジ色に染まりつつあった。あと数時間で2日目も終了だ。 人生の半分以上の情報量がこもっているんじゃないかと思うほどに濃い二日間だったな。 身の回りでこれだけの人が死に、谷口や鶴屋さん、国木田まで命を落とす。 たとえ3日間を乗り切ればすべて元通りといわれても本当かどうかわからないし、実際目の前で死なれて、 ショックを受けない方がどうかしている。こんな現実は二度とゴメンだし、本当の現実にさせるわけにも行かない。 敵はこれからいよいよ本腰をあげて俺たちを叩きにかかるだろう。古泉の予想なら、これからハルヒに 学校への撤退を決断させるような動きを見せるはずだ。今まで以上の凄惨な展開が待っていることになる。 「キョン、ご飯よ。見張り交代してあげるからとっとと食べなさい」 そう言ってハルヒは昼と同じ缶詰を投げてきたので、俺はあわててキャッチする。 って、これだとまるで飼い犬に飯をやっている図みたいではないか。 俺はヘルメットを取って缶詰のブルトップを開けようとしていたが、 「ちょっとキョン、その頬の傷どうしたのよ?」 ハルヒの指摘に俺は頬をなぞる。耳の横あたりをふれたとたん、ピキッと痛みが走った。 ん? ああそういやこんな怪我していたんだっけ。大した怪我じゃない。飛び散ったコンクリートの破片がかすった程度だ。 「ダメよ。ばい菌でも入ったて化膿したらどうするつもり? ほら、拭いてあげるから」 「おい――ちょっとま――うぷぷっ」 俺の意志も無視して、ハルヒはどっかから持ってきていたぬれタオルで強引に俺の顔を拭く。 力任せに拭くもんだからめちゃくちゃ痛い。 「これでよしっと。ちゃんと自分の身体は自分で管理しなさいよ。他のみんなもね。戦闘が始まってからじゃ遅いんだから」 ハルヒの言葉に周りの生徒たちが頷く。なんだかんだで部下思いな奴だ。 と、そこでハルヒに無線が渡された。長門からの連絡らしい。 「有希? あ、さっきの件調べてくれたんだ。ありがと」 ハルヒは長門と無線機越しに会話しながら、またあのメモ帳に名前を書き加え始める。 死んだ生徒と負傷した生徒の確認。指揮官の務めといえばそれまでかもしれないが、 ハルヒなりにけじめをつけているのかもしれないな。 「うんうん……ありがと。じゃあまたね」 そこでハルヒは無線連絡を終了。ぱたむとメモ帳を閉じた。そして、ハルヒは力ないほほえみを浮かべ、 「ついに死者が100人越えちゃった……」 それはあまりに痛々しい表情だった。つい抱きしめてやりたくなるほどに。 俺は何か言ってやりたかったが、どうしても言葉にできなかった。慰めや励ましをしても意味はない。 だったら一体何を言えば良いんだ? 「あと……………………いいんだろ」 ぼそっとハルヒの口から言葉が漏れる。ただ俺は聞き返そうとは思わなかった。 なぜかって? どう見てもただの独り言だし、俺に向けていった言葉ではない。だったらもう一度言わせるなんて野暮だろ。 ハルヒは自分の頭をこづき、 「あーもう、どうしても暗くなっちゃうわね! 何か楽しいことはないかしら! ちょっとキョン。何か漫才しなさい」 「できねえよ、芸人でもないし」 使えない奴ねとハルヒは俺をにらむが、正直このくらい唯我独尊一直線なハルヒの方が見ていて気分が良い。 普段、もっと落ち着けよと散々思っているというのに。 ◇◇◇◇ さて、のんびりモードも終了しハルヒは銃を構えて、周辺の警戒に復帰する。俺もすっかり忘れていたが、 手に持ったままの缶詰を開けてがっつき始めた。まだまだこれからだからな。今の内に腹をふくれさせておこう。 とっとと缶詰を平らげた俺はハルヒの横につき、 「また攻撃を仕掛けてくると思うか?」 「……あたしの予想じゃ、日が落ちるまでは攻撃してこないんじゃないかと思う」 長門の情報改変をしらないハルヒが意外な予想をしてきた。 「何でだよ?」 「バカね。夜になってみなさい。昨日の夜の様子じゃ街灯は点灯するみたいだけど、それでも辺りは真っ暗だわ。 あいつら全身真っ黒だし見えづらいから古泉くんのヘリからの援護も難しくなるし、 夜間にヘリを飛ばしっぱなしってもの危ないし。どっから攻撃されるかわかりにくい上、学校への着陸も難しくなるわ。 ライトか何かで校庭を照らせばいいけど、それじゃ的にしてくれって言っているようなものよ」 なるほど。確かに月明かりと街灯の明かりだけでは、上空の古泉の支援は難しくなるだろう。 そろそろ長門の砲撃の再開も考えなけりゃならん。ただ、あれはヘリと同じほどの切り札だから、 最後の最後まで使い切らないようにしないとな。 だが、敵の動きは予想を完全に裏切った。風を切るような音が聞こえたかと思ったら、強烈な衝撃が 俺たちのいる建物を揺さぶる。天井からバラバラと小さい破片が落下し、あまりの威力に立っていた生徒の数人が床に転がる。 「――みんな無事!? 怪我した人が言ったらすぐに言って!」 ハルヒは真っ先に周りの生徒たちの様子を確認する。幸い負傷者はいなかったようだ。 俺は辺りを見回しながら、 「今のはなんだ? RPGとは威力が桁違いだったぞ」 「そうね……ん! 何か来るわよ!」 ハルヒが正面の住宅地帯を走る道路を指さす。そこには荷台がめらめら燃えたトラックがこちらに向かって―― 俺は理由はわからんが、とっさに何が起ころうとしているのか悟った。きっとテレビのニュースか何かで 見ていた記憶がこんなところで役だったのだろう。 「――特攻だ! 隠れろ!」 俺の声が早いか遅いか。ほぼ同時に炎上トラックが前線基地前で大爆発を起こした。 俺たちのいる建物の一部が倒壊し、破片と砂煙が辺りに蔓延する。 さらに遙か上空まで上がったトラックの破片が次々と俺たちの頭上に降りかかってきた。 そんな中ハルヒは片目だけ開けて微動だにしなかった。あれだけのショックに耐えるなんてとんでもない奴だ。 だが、こいつのとんでもなさはそれどころではない。 「ぎりっぎりだったわね……!」 って、まさか建物にぶつかる前に爆発したのは、お前がやったのか!? どうやって!? 「火を噴いているところに一発お見舞いしただけよ。そしたら爆発したってだけの話! そんなことより、最初の一発目の奴の正体がまだよ! 気を抜かないで!」 ハルヒの言うとおりだ。神業に感心するのは敵を黙らせてからにしよう。 さて、この状況になればいつもの通り、正面の民家から次々と敵が姿を現し始め、こちらに銃撃を開始する。 ワンパターンな奴らだと思いつつ、違うのが一つ。最初の一発目の衝撃の正体だ。 敵弾!という声が響き、俺はあわてて身を隠す。そして、俺たちの隣の建物にそれが直撃して壁の一部を吹き飛ばした。 どっから何を撃ってきやがるんだ!? 俺はとにかく見えない攻撃を放って、窓から顔を出す敵に向けて撃ちまくる。 さすがに敵の動きにも慣れてきたのか、的確に一発一発シェルエット野郎に命中させられるようになっていた。 あまりうれしくない技能取得だが。 とハルヒの元に一人の生徒が駆け寄る。どうやらさっきからの正体不明の攻撃は、 前線基地前方の住宅地帯の路上にいる武装トラックから放たれているものらしい。 はっきりとはしないが、無反動砲のたぐいのようだ。距離が遠い上に周りの攻撃が激しくて、 発射阻止ができない状況に追いやられている。 「古泉くんのヘリを早く呼んで! 上空から片づけるしかないわ――くっ!」 ハルヒが指示を飛ばしている最中にもまた無反動砲による攻撃が続く。 今度は応戦していた3人の生徒の真正面に着弾し、衝撃で彼らが吹っ飛んだのがはっきりと見えた。 近くで難を逃れた生徒たちが、やられたものたちを救出にかかる。 俺はひたすら屋根やら窓から飛び出し続ける敵を撃ち続けた。しかし、いくら命中させても次から次へと飛び出してくる。 当たらないモグラ叩きよりも、終わらないモグラ叩きの方が遙かにたちが悪い。 とようやくここで古泉のUH-1が登場だ。辺りはすでに薄暗くなりつつあるとはいえ、 まだ日が落ちきっていない。今なら無反動砲を備えた武装トラックも視認できるはずだ。 「古泉くん! やっちゃって!」 『任せてください』 ハルヒの指示で古泉は目標の位置を探り始める。だが、しばらくしてから、 『……うまい具合に死角に入り込んでいますね、ただ、攻撃可能な角度もあるようです。回り込んで掃射します』 古泉はそう言うと、ヘリを移動させ始める。 ハルヒはM14で迫ってくる敵をひたすら撃ちながら、 「全く敵の考えがよくわからないわね! 夜になってから攻撃してくると思ったのにさ! 無反動砲なんて持ち出してきたけど、ヘリの餌食になるだけだわ! 相当アホな奴が指揮官やっているんでしょうね!」 ハルヒが怒っているんだか笑っているだか、区別しがたい口調で叫ぶ。だが、俺はその言葉に強烈な違和感を覚えた。 なんだ? 何かが変だ。 俺は古泉のUH-1を見上げる。今、無反動砲トラックを攻撃できるポジションを探して、上空を旋回している。 そもそもどうしてこのタイミングで無反動砲なんていう代物を持ち出してきた? ハルヒの言うとおり、 日が落ちてからやれば効果絶大だ……いや、違う。北山公園の時を思い出せ。敵は軍事的優位を必要としない。 連中の目的は効果的にハルヒに精神的苦痛を与えることだからだ。ならば、今ハルヒ――俺たちにとって、 もっともダメージの大きいことは何だ? 頼りにしている者が倒れることだろう。 なら頼りになる者とは? さっきからの展開を考えれば古泉様々だな。だったら、今古泉のヘリが撃墜されでもしたら、 ハルヒはどれだけのショックを受けるんだ…… 俺はぞっと寒気が全身を駆け抜ける。敵の目的は今もっとも頼りにしている古泉――UH-1をハルヒの目の前で 撃墜することかもしれないんだから! 即座に無線機を奪うように取ると、 「古泉っ! 戻れ! 今すぐ学校に戻るんだ! 早くしろ! それは――」 俺は最後まで言い切れなかった。すでに遅かったからだ。今までとは質の違う発射音が辺りになり響く。 無反動砲トラックがあるだろうと思われた地点から、弾道がしっかりと見えるほどの砲火がヘリに向けられる。 対空砲火だ。今までのRPGやAKでの攻撃とは違う、完全にヘリを落とすための攻撃方法。 「古泉くんっ!」 ハルヒの絶望的な呼びかけもむなしく、UH-1は対空砲を受け続けぼろくずのようになっていった。 俺たちを北山公園に誘い込んだときと同じ手だ。無反動砲を持ち出し、ヘリをおびき出す。 そして、対空砲を用意しておき、のこのこと現れたところを狙って攻撃。くそっ! どうして同じ過ちを繰り返しているんだ俺は! ぼろぼろになりつつもまだ跳び続けているUH-1。そして、こんな状態だというのに古泉からの無線連絡が入る。 『は……はは……してやられましたね……』 「古泉くんっ! 古泉くんっ! 早く逃げて!」 ハルヒの必死の呼びかけ。しかし、古泉には聞こえていないのか、一方的な話し方で続ける。 『後ろの生徒も隣の生徒もみんなやられて……しまいました。僕ももう持たないでしょう……。 ですが、このままでは終わりません……!』 急にUH-1が猛烈な勢いで高度を下げ始める。あいつまさかっ!? 『また……部室で会いましょう……!』 そのまま住宅地帯に墜落した――いや、あえてそこを狙って落ちたのだろう。無反動砲と対空砲があったと思われる場所に。 「古泉っ!」 「古泉くんっ!」 俺とハルヒの呼びかけに古泉は答えることはなかった。あれで生きていられるわけがないだろう。 何がまた部室でだ! 最期まで格好つけやがって! バカ野郎が! 墜落のショックで無反動砲の砲弾が爆発を始めたらしく、轟音が鳴り響く。しかし、俺は耳をふさぐこともなく、 呆然と空を見上げたままだった。いつもスマイルでハルヒのイエスマン。いけ好かないところや、 いまいち信用ならないところもあった。だけど、最近ではSOS団に思い入れのあるようなことを言うようになっていた。 あの古泉が死んだ。そう――死んだ。 俺は呆然としている自分に気がつき、あわてて意識を取り戻す。何をやっているんだ! 古泉が自らの命をかけてまで、 敵を叩いたんだ! それをただ呆然と見ているか!? しっかりしろ俺! はっと俺はハルヒの方に振り返る。あれだけ頼りにしていた古泉の死だ。ハルヒにとっても耐え難いことのはず―― 「…………!」 俺が見たのは、血が流れるほどに強く唇をかみ、必死に叫び声を上げまいと耐えるハルヒだった。 不安定な呼吸からかすかに声も漏れてくる。 俺は意を決して、 「ハルヒ!」 「……何よ!」 「負けねえぞ!」 「当たり前よ!」 ――もう完全に日が落ち、夜が辺りを支配しようとしていた―― ◇◇◇◇ UH-1撃墜からすでに3時間。俺たちはひたすらノンストップ戦闘を続けている。前回までとは違い、 今回の攻撃はやたらとしつこく、叩いても叩いても敵が飛び出し、たまに武装トラックが現れるという繰り返しだ。 古泉の支援がなくなったことも原因だろうが。代わりに北高からの砲撃を再開しているが、 こっちも砲弾の残りが少ないためにちまちま撃つ程度になってしまっているため、効果は薄い。 もう辺りは完全に真っ暗になって、今では街灯と満月の月明かりだけが敵の位置を知らせてくれる。 幸い、シェルエット野郎はどうも薄く発光しているらしく、暗闇の中でも昼間ほどではないが視認することができた。 変なところでサービスしやがるな。 「本当にしつこいわね!」 ハルヒはいったん銃を撃つのをやめると、水筒の水をがぶ飲みし始める。ハルヒが愚痴を言いたくなるもの仕方がない。 何せ、さっきから延々と戦闘が続けられているからな。いい加減うんざりしてくるぜ。 「きっと敵は調子に乗っているのよ。古泉くんのヘリを撃墜してここで一気に決めようとしているんだわ! そうはさせるかってもんよ!」 ハルヒは口をぬぐってから、またM14を片手に敵めがけて撃ち始める。 今の状況は消耗戦だ。敵は無限に出現しやがるが、こっちははっきり言って人員不足がひどくなりつつある。 北高側の稼働を考えると、もう前線基地に持ってこれる生徒はいない。しかし、こっちは延々と撃ち合っている間に、 どんどん負傷者や死者が増える一方。前線基地をこれ以上守るのは不可能な状況になりつつあった。 しかしだ。こうやって敵の目的がハルヒに学校までの撤退を決断させる状況に追い込むことなのは俺でもわかる。 わざわざ奴らの目的通りに動くなんてあまりに腹立たしい。何とか出し抜いてやりたいが…… と、ここでハルヒに無線機が渡される。長門からの連絡らしい。ハルヒは物陰に入り、 「有希、またこっちに補給は送れる? え、人員は良いわ。これ以上、そっちは減らせないし、 こっちだけで何とかやりくりするつもりよ。大丈夫だって。何が何でも守りきってみせるから」 こっちには長門の声は聞こえないが、どうやら弾薬の補給を要請しているらしい。 しばらくそんな会話が続いたが、やがて、 「ありがと。じゃあね、有希」 そう言ってハルヒは連絡を終了する。ただ――最後のじゃあねはなんだか聞いていて辛くなるような口調だった。 が、ハルヒは俺の方に無線機を向け、 「キョン、有希やみくるちゃんに言いたいことがあるならいっときなさい。今の内にね」 「…………」 俺は無線機を受け取り、敵から見えないように物陰に引っ込む。代わりにハルヒがM14を持って銃撃を再開した。 『聞こえる?』 「ああ」 長門からの声。なんだかすごく懐かしい気分になった。さっきから銃声音しか聞いていなかったからだろうか。 「そっちの様子はどうだ? 今の展開じゃ、北高側への攻撃が始まってもおかしくないけどな」 『大体の状況は把握している。古泉一樹のことも』 「そうか……」 俺はまた脳裏にUH-1が撃墜された光景がフラッシュバックする。ぼろくずのようにされて地面に落下していく姿。 そして、古泉の最期の台詞。思い出したくもないのに。 しばらく、沈黙してしまった俺だったが、長門はその空気を読んだのか、 『あなたの責任ではない』 めずらしく慰めの言葉をかけてきた。が、続けて、 『事実。この疑似閉鎖空間を構築した者たちに逆らうことは不可能に近い。想定外の行動で攪乱するだけでも上出来。 彼らは私たちを好きなときに消すことができる。例え、古泉一樹抹殺のための罠だと気づいても、別の方法が実行されただけ』 「……そうかい」 長門なりの励ましなのかもしれないが、あっさりと敵の罠にかかったショックは大きい。 そして、俺たちがいくら努力しても所詮は、創造主様の手のひらで踊っているにすぎないって言う事実もそれに拍車をかける。 しかし、敵の襲撃を受けている中でいちいち落ち込んでいる場合でもない。 「こっちは、恐らくそろそろ北高に戻ることになりそうだ。敵の思惑通りといったところで腹が立つが、仕方がない。 それからが勝負――」 『涼宮ハルヒが前線基地を放棄して、北高に撤退することはあり得ない』 何? それはどういう意味だ? 『先ほど話したことで確信を得た。涼宮ハルヒは北高へ撤退しない。一人になってもそこから動かない。 生命活動が停止するまでそこで抵抗を続ける』 俺はハルヒの方に視線だけ向ける。必死な表情で一目散に敵めがけて撃ちまっているこいつの姿は―― 『限界が近い。このままでは3日という期限前に、これを仕組んだ者の目的が達成される』 「目的だと? それはどういう――」 『待って』 俺の質問を遮り、突然長門の声が遠ざかった。一瞬、ついに北高への攻撃が始まったのかとどきっとしたが、 無線機からかすかに流れてくる長門と喜緑さんの声を拾う限り、そうでもなさそうだった。 やがて、長門がまた戻ってきて、 『聞こえる?』 「ああ、聞こえるぞ」 『今、情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 「は?」 『情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 長門は淡々と語っているが、それって実はとんでもないことなんじゃないか? 『正確に言うと、この空間に置ける――CREATEの実行権限を私の制御下に置いた。 UPDATEとDELETEはまだ不可。時間はかかるが、順次こちらの制御下に置くようにする。 淡々と語るのは良いが、具体的に何ができるようになって何ができないのかを教えてくれ。 『現在、私はこの世界の物質を構築することができる。そして、仕組んだ者はそれができない。 だから、これ以上あなたたちの生命活動を停止させるべく作り出されている敵性戦闘物体はこれ以上増えない』 俺は一気に歓喜の声を上げようとしてしまうが、ぎりぎりで飲み込む。ハルヒに気がつかれるとまずいしな。 さらに長門は続ける。 『ただし、現在この世界にすでに存在しているものに対し、改変・消去は不可。その権限は持っていない』 「ようは、今俺たちに襲って来ている連中はそのままだが、これ以上増えることはないって事なんだな」 『そう。しかし、それを見越していたのか、この世界に置ける敵性戦闘物体の総数はかなり多く構築されている。 そこから数キロ北方には、前線基地周辺にいる以上の戦闘能力を備えたものがすでに配備されていた。 これらが南下を開始した時点でこちら側に勝ち目はない。現状に置いて圧倒的不利は変わっていない』 「……手放しには喜べないって事か。おっと!」 また武装トラックが出現して、12.7mm機関銃の乱射が開始された。ハルヒが口からつばを飛ばして反撃の指示を出している。 『だから、CREATE権限を最大に利用して、敵性戦闘物体への反撃を行いたいと考えている。 短時間かつ広範囲に対してダメージを行う方法を採用するつもり』 「具体的に何をする気なんだ?」 俺の問いかけに、長門はしばし考えるように沈黙して、 『航空機による空爆を実施する』 ◇◇◇◇ 思わずくらっと来たね。まさか、長門から空爆なんて言う地球人類的な発言が出るとは思っていなかったがとか そんなことはどうでもよくて、敵が一網打尽にできるなら反対する理由なんてどこにもない。 俺は長門との無線連絡を終了すると、ハルヒの元に行き、 「おいハルヒ。長門からの報告だ。すごい攻撃方法を実行するって言っていたぞ!」 「すごいって何よ!?」 「空爆だとよ!」 「すごいじゃない! 何でも良いから早くやっちゃって!」 ハルヒは俺の言ったことを理解しているのしていないのか、もはや何で今頃なんて考える余裕すらないのか。 まあ、深く考えてくれない方がこっちとしても好都合だ。 だが、ここに来て敵の攻撃が苛烈さを極めてきた。どうやら、これ以上、シェルエット野郎を増産できないことに 感づいたらしい。残っている戦力だけでこっちをつぶしにかかってきたみたいだな。 「キョン! 撃ちまくって敵を後退させるのよ!」 「言われんでもわかっているさ!」 とにかく動いているものにめがけて撃つ。俺はそれだけを考えて引き金を引きまくった。 だが、敵も必死なのか今まで以上の命中精度で俺たちに銃撃を加え始めた。あっちこっちで銃撃を受けた生徒たちの悲鳴が上がる。 ハルヒもだんだん焦りだして、 「有希の言う空爆ってまだなの!?」 「もう少しだろ! 今はあいつを信じて待つしかない!」 そう俺が怒鳴り返したときだった。何かのエンジン音みたいなものが銃声音の隙間から聞こえてくることに気がつく。 雲一つない満月の夜空を見上げると、飛行機が2機俺たちの頭上を飛んでいるのが目に入った。 満月とはいえ、さすがに夜ではシェルエットしか確認できないが、テレビとかでよく見る戦闘機に比べて、 主翼が直線にのびる翼で、尾翼の前にターボエンジンぽいものが2つ乗っかるようにある。なんだありゃ。 地球的デザイン+宇宙人的センスが混じったような変な機体だ。いや、でも今俺があれを見てなんなのか理解できないって事は、 敵が俺の頭の中にねじ込んだ知識の中にはないって事、つまり想定外のものが出現したって事だ。ざまあみやがれ。 しばらくその変な飛行機は俺たちの上空を飛び回っていたが、いっこうに攻撃を開始しようとはしない。 と、長門からの連絡が俺に入る。 『予定通り攻撃機の構築は完了した。しかし、問題が発生している』 「どうしたんだ?」 『あなたと涼宮ハルヒのいる位置と敵のいる位置の境界線が不明。このままではあなたたちを誤射する危険がある』 そりゃ勘弁してほしいね。ここまで来て味方に吹っ飛ばされたら無念どころではすまないだろうからな。 『正確に言えば、あなたと涼宮ハルヒの位置は完全に確認している。この世界を構築した者の視認モードでは 涼宮ハルヒ本人とそれに関わりのある人間はどこでも捕捉できるようにされていた』 なるほどな。だから、ハルヒも俺も今までろくな怪我もせずにいたってわけか。意図的に俺たちから狙いを外して。 そして、逆に殺害の時間が来たらきっちり確実に仕留めると。 『だから、あなたたちを誤って攻撃する可能性はない。しかし、その他の生徒たちは敵性戦闘物体と 認識レベルが同等になっている。今の情報制御状態では、それを判別することはできない。 地図から入手している情報で誤射の確率は限りなく低いが、ゼロにはならない状態』 「誤射する可能性はどのくらいあるんだ?」 長門は考えているのかしばらく沈黙した後、 『3%以下』 「……そうか。ならやめておいたほうがいいな」 『やめてたほうがいい』 俺はしばし考える。たかが3%とはいえ、それが見事的中してしまえばしゃれにならない事態だ。 ハルヒにかける精神的負担も今までの比ではない。わざわざ敵の目的に荷担するようなものである。 「まだ時間があるが、日が昇るまで待つってのはどうだ? それなら確認もしやすくなるはずだ」 『無理。敵性戦闘物体は攻勢を強めている。今のままではあなたたちは朝まで持たない。確実に全滅する』 長門の言葉を証明するように俺の近くにいた生徒が銃撃を受けて倒れる。一体この数時間でどれだけの生徒がやられた? ひょっとしたらもう俺とハルヒぐらいしかいないんじゃないか。どのみち、このままでは持たないのは確実だろう。 ならばどうにかして長門に攻撃位置を知らせる必要があるが、激戦状態の前線基地に来させるわけにもいかない。 「……待てよ。俺とハルヒの位置は確実に特定できるんだよな」 『そう』 俺はぴんと来て、長門に作戦の概要を説明する。長門は少し考えるように黙った後、 『わかった。あなたに任せる』 そう了承した。さてと、問題はハルヒだな。 「おいハルヒ」 「有希は何か言っていたの!? はやく、空爆でも何でも良いからやってくれないとこっちが持たないわ!」 M14をひたすら撃ちまくりながらハルヒ。俺はとりあえず長門が攻撃できない理由を端的に説明してやる。 ハルヒは眉をひそめて、 「それじゃ仕方ないわね。あーうまくいかないもんだわ! また別の手を考えないと!」 「そこで一つ提案があるんだが」 「何よ?」 ハルヒが疑惑の目を向ける。今までハルヒ総大将の意向を無視してやりたい放題だったおかげで すっかり警戒されちまっているな。 「俺が敵の位置を知らせるために、敵の居場所につっこむ。そこで銃を上空に向けて長門に位置を知らせる。 そして、俺が戻った後に長門がそこにめがけて攻撃するってわけだ」 「ダメよ! ダメに決まっているじゃない!」 やっぱり反対しやがった。 「どーしてもそれしかないってなら、あたしが行くわ! それならいいけど!」 俺はいきり立って眉毛をつり上げるハルヒの頬をそっとなでてやると、 「お前は総大将だろう? ここにいて他の連中を守ってやる義務がある。こういう突撃役は俺みたいな下っ端の仕事さ。 心配すんなって。死ぬつもりはねぇよ。お前の援護次第だがな」 俺の言葉にハルヒは口をへの字に曲げて抗議の表情を見せていたが、 「わ、わかったわよ……! 任せるからしっかりやりなさい! こっちもしっかり援護するから!」 なんだかんだで了承するハルヒだ。他に方法がないことを理解しているのだろう。 俺は無線機を背中に背負う。目的地に到着次第、長門に連絡しないとならないからな。 「ハルヒ! こっちはいつでもいいぞ!」 「わかったわ! いいみんな! 合図とともに一斉射撃よ。とはいってもでたらめに狙っても意味がないわ! 屋根の上とか窓とかにいる敵を確実に仕留めなさい! いいわね!」 了解!と周りの生徒たちが返事する。頼もしいぜ。 「行くわよ――キョン行って!」 ハルヒとその他生徒たちが一斉に前面の民家に向けて射撃を開始する。窓やら屋根やらにいたシェルエット野郎が 次々に飛散していった。それを確認すると俺は前線基地の建物から飛び出し、前方の住宅地帯に飛び込む。 俺は叫びながらひたすら路地を突っ走った。とにかく、敵の注意をこっちに引きつけなけりゃならん。 そうすりゃ長門の空爆もやりやすくなるってもんだ。 そこら中から放たれる銃弾を奇跡的にもかわし続け、俺は住宅地帯の真ん中あたりに到着し、 適当な民家の中に飛び込む。どたどたと中にいた敵が驚いて撃ちまくってくるが、俺は的確にそいつらを仕留める。 やれやれ、ずいぶん射撃もうまくなっち待ったもんだ。 俺は敵がいなくなったのを確認すると無線機を取り、 「おい長門! 目的についたぞ。俺の位置は把握できているか?」 『問題ない。はっきりと確認できている』 「よかった。じゃあ、ハルヒのいる位置と俺のいる位置がわかるな? そこが味方のいる位置で、 俺が敵のいる位置だ――と!」 また一人のシェルエット野郎が民家に乗り込んできたので射殺する。長居はまずい。 「ハルヒのいる位置から俺のいる位置の間は攻撃するな。敵はいるが味方に近すぎで誤射の可能性がある。 俺よりも北側ならどれだけ攻撃しても良い。派手にやってくれ!」 『わかった。即刻そこから涼宮ハルヒのいる位置まで戻って』 「言われんでもわかっているさ!」 俺は無線を終了させると、外に飛び出そうとするが―― 「うわっ!」 俺は悲鳴を上げて、民家の中に逃げ戻った。何せ民家の窓、路地の陰から俺にAKを構えているシェルエット野郎が 見えたからだ。それも数十人規模で。ほどなくして、俺にめがけて乱射が開始される。 必死に頭を抱えて室内の壁に身を寄せて、銃撃に耐えるもののこのままじゃいずれ民家内に侵入される! 「どっちみちかわらねぇなら……!」 俺は無線を取り、 「長門! 俺の位置ははっきりとわかっているんだな!?」 『わかっている。だから早く逃げて』 「すまんが、今のままじゃ逃げられそうにねぇな。だから、俺に構わず撃て。といっても俺に当たらないようにな!」 『……危険すぎる。できない』 「いいからやれ! このままじゃやられるだけだ!」 『…………』 「おまえならできるさ。十分信頼できると思っている。だからやってくれ」 長門はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すような声で、 『わかった。今から空爆を実施する』 「ああ、悪いな」 『有希、待ちなさい!』 突然割り込んできたのはハルヒの声だ。こいつ、盗み聞きしてやがったな・ 『やめて有希! キョンが……キョンが死んじゃう!』 『大丈夫。当たらない。絶対に当てない』 『無理よ! こんな乱戦じゃ!』 「ハルヒ!」 俺の一喝でハルヒの叫び声が止まる。 「……長門を信じてやれ」 そう言ったが、ハルヒはこれ以上何も言ってこなかった。俺はそれを了承と受け取ると、 「長門、頼む」 『了解』 長門からの返事とともに敵からの銃撃がやんだ。そして、一瞬辺りが静まりかえったと思いきや、 突然、耳をえぐるようなブオオオオという回転音ようなものが響く。 「――うおぁ!?」 情けない声を上げてしまったが勘弁してくれ。何せ窓から見えていた隣の民家が根こそぎ吹っ飛ばされたんだからな。 爆弾じゃないぞ。何だ今のは!? 疑問に思っている暇もなく、また同じ轟音が響き今度は別の民家が消し飛んだ。あれに当たったら12.7mmどころじゃない。 跡形もなく消し飛ぶぞ! しばらく長門の空爆らしき攻撃が続いたが、 『あなたの周辺の敵は一掃した。今の内に前線基地まで戻って』 「助かった。ありがとうな!」 俺は長門に礼を言うと民家から飛び出して、 ――愕然とした。何せ俺のいた民家の周りの家がことごとく木っ端みじんに粉砕されているからだ。 長門の奴、なんて容赦のないものを持ち出してくるんだ。 しかし、それでも敵はしつこい。がれきになった民家の陰からしつこく銃撃を加えてきやがる。 俺はそれに撃ち返しつつ、前線基地に走り出す。見れば、また俺の頭上を1機のあの奇妙な飛行機が飛んでいった。 そして、息も切れ切れになりながら、ハルヒのいる建物に飛び込む。 そのまま大の字で仰向けに酸素補給活動をしていたが、隣にハルヒが立っているのに気がついた。 ああ、あの眉間のしわ寄せ具合を見ればどれだけ頭に来ているのか、すぐわかるな。 「この――バカ!」 ハルヒの罵倒がなぜか心地よかった。 ◇◇◇◇ さて、帰ってきたとはいえまだまだ戦闘は継続中だ。前線基地周辺にいる敵は長門の空爆対象外だからな。 こっちでつぶさなきゃならん。ちなみに空を飛ぶ攻撃機はしばらくガトリング砲らしきものを撃ちまくっていたが、 続けてミサイルやら爆弾の投下が開始された。 「その調子よ、有希! 徹底的にやっちゃって!」 『了解。しかし、補給が必要。攻撃機の入れ替えを行う』 さすがに弾切れを起こしたのか、2機の攻撃機があさって方向に飛び去っていった――と思ったら、 今度は8機出現だ! 長門の奴、本気で容赦する気ねぇな。 『敵の新手が何かしてそちらに向かっているのを確認した。これから攻撃機の半数はそちらの迎撃に向かう』 「新手!? 今度はいったい何なのよ!」 『……確認した。T-72戦車数十両』 長門の報告に顔を見合わせるハルヒと俺。やつら、切り札を残してやがったな。 「冗談じゃねえぞ。そんなもんがここに来られたら対抗手段がねえ」 『任せて、あなたたちのところへは一両も到達させないから』 長門航空部隊の半数が北上し、ミサイルなどで敵の戦車部隊がいると思われる場所へ攻撃を開始した。 しかし、敵も猛烈な対空砲火で応戦を開始する。攻撃機と戦車のガチンコ勝負だ。身近でみたいとは思わないが、 かなり痛快なシチュエーションだろう。 「ちょっと有希大丈夫なの!? あんなに攻撃を受けたら撃ち落とされるんじゃ――」 『大丈夫。この機体は数十発程度の被弾では落ちない』 長門、おまえ一体何を持ち出してきたんだ? とにかく、そっちは任せるぞ。 俺たちはしつこく迫るシェルエット野郎に応戦を続ける。しかし、こっちの負傷者増大でもはや限界だ。 長門の空爆で敵の戦力は格段に落ちたが、それでもまだ向こうの方が有利だ。 増援がほしいがこれ以上は無理と来ている。 「ハルヒ! もう持たないぞ! どうするんだ!?」 「…………」 ハルヒはあからさまに苦悩の表情を浮かべて迷っていた。学校まで戻るか、それともここで徹底抗戦か。 前者ならもう少し粘れるかもしれないが、学校への直接攻撃を許すことになる。 おまけにここにいる負傷者を回収するのは無理だ。置き去りにするしかなくなる。しかし、後者ではもう持たないのだ。 と、そこでまた長門からの連絡が入る。 『そちらに新しい戦力を送った。3人ほど。操縦が可能な車両も供与してある』 3人? 何でそんな中途半端な増援なんだ? しばらくすると猛スピードでジープぽい車両が俺たちの前に現れた。そして、その座席から現れたのは、 「森さん? それに新川さんも」 ハルヒが素っ頓狂な声を上げる。そう現れたのは古泉と同じ「機関」なる組織にいる二人だ。 どうしてこんなところにいるんだ? そんな俺の疑問にも答えず、迷彩服に身を包んだ森さんは、 「救援としてやって参りました。古泉のことは聞いています。彼の代わりとしてあなたたちを援護します」 「短い付き合いになりますでしょうが、できるだけの事はしますので。指示をお願いできますかな」 新川さんも同調する。いや、もう何でとかはどうでもいい。長門が何とかしたんだろということにしておこう。 とにかく、今は乗り切る方が最優先だ。ハルヒも特に深く追求するつもりはないらしく、 森さん新川さんにせっせと指示を出している。ところで、やってきた車両の銃座で12.7mm機関銃を撃ちまくっているのは誰だ? どうも女性らしいその人はさっきからハルヒの方をしきりに気にしつつ、近くにいなくなったことを確認してから 俺の方に手を振った――って、朝比奈さん(大)かあれ! 「キョンくん、こんにちわ」 くいっとヘルメットを持ち上げて見せたその顔は間違いなく朝比奈さん(大)だった。 あの長い髪の毛をヘルメットの中にしまっているらしく、全然気がつかなかった。 「驚きました。だって、全然こんなことをやった覚えがないんですから」 「……どうやって、ここに来たんですか?」 「それは禁則事項です」 とまあいつもの秘密主義者ぷりを発揮すると、また12.7mmを撃ちまくり始める。全く何がどうやっているのやら。 北方での長門航空部隊と敵戦車部隊の死闘はさらに激しさを増しているらしい。 いつのまにやら10機以上に増大した攻撃機が爆撃を続けている。 一方の俺たちは、何とか3人の増援を手にしたおかげで少しばかり――どころか圧倒的に状況が改善した。 特に森さんと新川さんがすごい。どこかで特別な訓練でも受けているのか、狙った獲物ははずさないモードだ。 次々と敵を打ち倒していくんで俺のやることがなくなったほどだ。ちなみに朝比奈さん(大)は とにかく12.7mmを撃ちまくっているんだが、いっこうに敵に命中しないのはらしいと言ってしまって良いのかな? それから数時間、激闘が続く。眠気すら起きず、汗もだくだくで俺はひたすら撃ちまくった。 ハルヒも森さん、新川さん、朝比奈さん(大)、そしてその他の生徒たちも。 そして、もうすぐ日が上がろうと空が黒から青に変わろうとしていたとき、 『敵性戦闘物体の完全消滅を確認。同時にこちらはUPDATEとDELETE権限を確保した。 もう攻撃してくるものは存在しない』 長門から入った連絡。それを聞いたとたん、俺は力が抜けて座り込んでしまった。終わりか。やっと終わりなんだな。 ハルヒもM14をほっぽり出して、地面に大の字になる。他の生徒たちもがっくりと力尽きたように座り込み始めた 「キョン、ねえキョン」 「何だ?」 「……終わったのよね」 「ああ、もう終わりだ」 「そう……」 ハルヒは呆然言った。なんてこった。何かをやり遂げた後は大抵爽快感とか達成感とかが生まれるもんだと思っていたのに、 今の俺たちにはただ終わったという感想しか生まれてこなかった。ただ――虚しいだけだった。 ◇◇◇◇ 学校が見える。何かやたらと懐かしく見える北高の見慣れた校門だ。 俺たちは前線基地からようやく学校に戻って来れた。何せ、負傷者やらなんやらを担いでの移動だ。 さすがに時間がかかる。おっと、トラックを使わなかったのは、全員歩きたかった気分だからだ。特に深い理由はない。 そして、そんなぼろぼろな俺たちを校門で迎えてくれたのは―― 「キョンくーん!」 真っ先に俺に抱きついてきたのは朝比奈さん(小)だ。俺に抱きついて泣きじゃくり始める。 「ふえっ……よかったです。古泉くんまで……死んじゃってキョンくんまで……ふえええ」 「何とか乗り切れましたよ。朝比奈さん」 俺がいくら言葉をかけてもひたすら泣き続ける朝比奈さんだった。 ふと、長門と喜緑さんがいることに気がつく。 「よう長門。助かってぜ。ありがとな」 「……そう」 相変わらずリアクションの少ない奴だな。 「ところでだ。森さんや新川さんとあ――は何で突然この世界に出現したんだ? って、あの3人もういねえし!」 振り返ってみれば、森さん、新川さん、朝比奈さん(大)の姿が完全になくなっていた。 まさか、あれは全部俺の妄想とかいうオチじゃないよな? 「あの3人は、この世界に入ろうと試みていた。だから、私が招き入れた。絶対的な人員不足を解消するためには、 少しでも人手が必要だったから」 長門の淡々とした説明を聞く。全く風のように現れて、あっという間に去っていったな。昔のヒーロー番組かよ。 ま、おかげで乗り切れたからいいけどな。 代わりに目に入ったのは、ふらふらと力なく歩く一人の人間――涼宮ハルヒだった。あの威勢のいい早歩きの面影もなく、 まるで水も食料もなく沙漠をさまよってはや数日な状態の歩き方だ。 「おいハルヒ。どこにいくんだよ」 「……ゴメン。一人にさせて」 それだけ言うと、ハルヒは校庭の方に去っていってしまった。精神的負担は想像以上なのかもしれない。 その背中は真っ白になって力尽きてしまっている。大丈夫なのか? 「この空間から元の世界に帰還できるまでしばらく時間がかかる。今は負傷者の手当を優先すべき」 長門の言葉に俺はうなずく。ハルヒのことも心配だが、今はけが人からなんとかしなきゃな。 ◇◇◇◇ 「飲んで」 俺は長門から差し出されたペットボトルの水を飲みほす。 すっかり日が高くなり大体負傷者の手当も終わった。死者117名、負傷者75名。 これが俺たちが出した最終的な犠牲者の統計だ。ようやくこれ以上数えなくて良くなったことはうれしいが、 これだけの生徒たちが傷ついたんだから、手放しで喜べるわけもなかった。 校庭に降りる階段に座り込んでいる俺の隣では朝比奈さんがすーすー寝息を立てている。 何でもこの異常な世界に放り込まれてから、一睡もしていなかったらしい。 この狂気の世界じゃ眠る気にもなれなかったのだろう。 「で、いつになったら俺たちは元の世界に戻れるんだ?」 俺の質問に長門は、 「もうすぐ。この世界との情報連結状態の解除が完了する。第1段階として、涼宮ハルヒたちに関わりの薄い生徒たちから 元の世界に帰還することになる」 そう言いながら長門も俺の隣――朝比奈さんの反対側に座り込んだ。そして、続ける。 「それが完了次第、次に私たちが帰還を開始する。現在のところ問題ない」 「……犠牲になった生徒たちは?」 「問題ない。生命活動が停止した時点で元の世界へ帰還されていた。この世界で起こったことの記憶をすべて消去した上で」 「そうかい」 俺はすっと空を見上げた。雲一つない快晴だ。この世界で唯一まともだったのはこの青空ぐらいだったな。 「結局、こんなばかげたことをしでかした奴の目的は何だったんだ?」 「はっきりとは不明。ただ、当初予想していたように涼宮ハルヒに対して精神的負荷をかけることが目的だったのは確実」 「やっぱりそうなんだろうな」 「相手のシナリオはこう。1日目は涼宮ハルヒに近い人間には手を出さず、関わりの薄い人間への攻撃を強める。 2日目午前、いったん危機的状態に追い込む。この時点で近い人間を殺害する」 「そりゃ鶴屋さんのことか? しかし、実際には鶴屋さんはハルヒの命令を無視して戦死してしまったけどな」 「そう。そのためある程度の軌道修正を加えたと思われる。だから、2日目午前の攻撃は規模が大きくなかった。 そして、午後あなたの生命活動を停止させない程度の負傷を追わせた後、古泉一樹を殺害する」 「……前線基地の最西端に俺が移動したのも敵の思惑通りだったてのか。全く陰険な連中だぜ。 んで、古泉は予定通りヘリごと撃ち落としたと。まるで敵の手のひらで踊っていただけじゃねえか」 長門は少しだけ首を傾けて、 「仕方がない。主導権のすべてを握られていた。抗うことはまず不可能。その後、3日目朝にあなたたちを学校まで撤退させてから 戦車部隊で攻撃開始。そこで、朝比奈みくるとわたしが生命活動停止状態になる。 あとは、期限直前にあなたを殺害し、残るのは涼宮ハルヒ一人だけになるはずだった」 後半はほとんど敵のシナリオ通りにならなかったな。長門が超パワー発動で戦車を片っ端から撃破してくれたし、 俺たちも森さん、新川さんの活躍で――ああ、朝比奈さん(大)もな――敵を打ち負かせた。 「長門さんが情報操作能力を取り戻すことは明らかに想定していなかったんですね」 背後から聞こえてきたのは喜緑さんの声だ。長門は彼女に振り返ろうともせず、 「感謝している。一人では不可能だった」 「いえ、お互い様です」 礼を言いながら決して顔を合わせないところを見ると、どうもこの二人には決定的な溝があるらしい。 今回の一件では共同戦線を取ったが、あくまでも利害が一致したという理由から何だろうな。 今後二人が衝突なんて言う事態にはなってほしくないんだが。 と、喜緑さんが俺の前に立ち、 「そろそろ時間のようです」 そう言って校庭で疲れ切って寝そべっている生徒たちを指さした。彼らはまるで原子分解されるかのごとく、 霧状に身体が飛散し始める。 「帰還の第1段階が始まった。これが終了次第、わたしたちが続くはず」 「はず?」 長門の言葉に違和感を覚えた。まるでそうならない可能性が存在しているみたいじゃないか。 そんな頭の上にはてなマークが浮かぶ俺に、喜緑さんはいつものにこにこ顔で、 「最後に一つだけ問題が出ているんです。それはひょっとしたらこの世界を構築した者の目的が達成しているという可能性です」 「んなバカな。長門や喜緑さんのおかげで敵のシナリオは完全に狂ったんだろ? さぞかし、敵もあわてただろうよ。 目的が何だったか知らんが、これじゃ完全にご破算に決まっているじゃないか」 俺が抗議の声を上げると、今度は長門が立ち上がりながら、 「この世界から【彼ら】が去ったときに少しだけ意志を感じ取れた。間違いなく【彼ら】は目的達成を確信している」 「負け惜しみか、ただの強がりなんじゃねえか?」 俺の反論に喜緑さんは首を振りながら、 「今、帰還の第1段階が終わりました。続いて第2段階に入ります。ですが」 「わたしたちは帰還プロセスが開始されているが、あなたには適用されていない」 はっと気がついた。今、長門と喜緑さん、そして隣で寝息を立てている朝比奈さんは、 先ほどと同じように身体が霧状に飛散し始めていた。だが、俺の身体には全く変化がない。これはまさか…… 「今、この世界の制御権限はわたしにはない。別の人間によって完全に制御下に置かれている」 その長門の説明で俺は確信を持った。ハルヒだ。あいつが何かしでかしている。この後の及んで何を考えてやがるんだ―― 「――そうか。そういうことか」 俺は唐突に理解した。こんな最悪な世界を作り俺たちを放り込んだ連中の目的をだ。どこまでも陰険な奴らなんだよ……! 「あなたに賭ける」 ちりちりと消えつつある長門はいつぞやと同じ事を言った。あの時は何の事やらさっぱりだったが、今ではわかる。 やらなきゃならんことをな。そして、それは俺の意志でもあるんだ。 俺は隣で眠っている朝比奈さんを抱えると、長門に預け、 「朝比奈さんを頼む。それから元の世界に戻る過程で俺たちの記憶も消去されるんだろ?」 俺の問いかけに長門はこくりとうなずく。 「それはありがたいね。こんなばかげた記憶なんて頼んででも消してもらいたいぐらいだったし。 あと、長門自身の記憶も消去されるのか?」 「する。ただし、帰還後に何らかの形で情報統合思念体よりここであったことの情報共有が行われる可能性がある。 それをわたしが拒否する権限はない」 「拒否しちまえよ。何よりもお前の意志を最優先に考えればいいさ」 「…………」 長門は何も答えない。そんなに単純な話じゃないんだろうな。だが、聞きたくないことに対して耳をふさぐぐらいの権利は 認めてもらって当然だと思うぜ? ああ、それから、 「あと、万一元の世界に戻っても俺が違和感とか記憶の断片とかが残っていて、長門に何があったとか聞いていたら、 教えないでくれないか? ここの事を知って入ればの話だけどな。ま、俺がそう言っていたと言ったら、 そのときの俺も納得するだろ。こんなことは中途半端に知ってもつらくなるだけだからな」 「わかった。そうする」 もう長門の身体は完全に消えようとしていた。そして、最後にかけられた言葉。 「また部室で」 それだけ告げると、長門、朝比奈さん、喜緑さんは消滅した。 全く、鶴屋さんはまた学校で。古泉はまた部室で。長門もまた部室で、か。 俺は辺りを軽く見回して見たが、他には誰もいなかった。今この世界にいるのは俺と―― 「ハルヒだけか。とりあえず、あいつを捜すとするかな」 ◇◇◇◇ 「ハルヒ」 学校の屋上で呆然と立ちつくすハルヒを発見できたのは、学校探索を開始してから数十分後。 全く滅多に来ないような場所にいるもんだから見つけるのに時間がかかっちまった。 俺の呼びかけにもハルヒは答えようともせず、こちらに背を向けてただ学校周辺を見ていた。 とにかく、こっちから近づくしかないな。 「なにやってんだよ」 俺はハルヒの横に立つ。だが、ハルヒは顔を背けてしまった。屋上をなでる風が髪の毛を揺らした。 しばらく、そのまま時間が過ぎた。ハルヒはたまにしゃくりあげるように肩を動かしていたが、 決してこちらに顔を向けようとはしない。俺は嘆息して、 「なあハルヒ。辛いことはたくさんあっとは思うが、もう終わったんだ。これ以上ここにいたって意味ないだろ? とっとと元の世界に帰ってまたSOS団で楽しく――」 俺が口を止めたのは、唐突にハルヒがこちらに顔を向けたからだ。それは――なんというか―― ……なんてツラしてやがるんだ…… 絶句するしかなかった。ハルヒのこんな表情なんて見たこともなかった。言語なんぞで表現できるわけもない。 それほどまでに絶望的に染まった顔だった。 くそっ……忌々しい。ああ忌々しいさ! こんなばかげた舞台を作り上げた奴らが勝利を確信するわけだ。 ハルヒのこんな顔を見れば誰だってそう思うさ。なんて事しやがったんだ! ハルヒはしきりに俺に向かって何かを言おうとしているようだった。しかし、言葉にならないのか、 何かの思いが口の動きを阻害しているのか、口を動かそうとしてはまた手で押さえるという動作を繰り返した。 そして、ようやく口にできた言葉は、 「……自分が許せない……」 無理やりのどからひねり出した声。あまりに痛々しいそれは聞くだけでも苦痛を感じるほどだ。 だが、一つ言葉をはき出せたせいか、次々と口から声がこぼれ始める。 「死者117人。負傷者76人。これだけ犠牲を出しておきながらあたしは傷一つ負っていないなんて! あたしは何で無傷なのよ……」 ハルヒが背負ったのはSOS団のメンバーだけじゃない。クラスメイトの生徒どころか、この世界に放り込まれるまで 名前も顔も知らない生徒の命まで背負っていた。俺たちみたいに頭の中をいじくりまわされていたならさておき、 素のままだったハルヒが背負った重圧はどれほどのものだったのか。想像することすら適わない。 「最初はみんなを守れるって思っていた! でも途中から守りたいになって――そのうちできないんじゃないかとか、 何でこんな事やっているんだろうとか、最後には自分がバカみたいになってきて……!」 ハルヒの独白に俺はただ黙って聞いていることしかできなかった。 「これだけの犠牲を出しておいて、元の世界に戻った後にどんな顔をしてみんなに会えばいいのよ! できるわけないじゃない! あれだけ――あれだけ信頼してくれていたのにあたしは……あたしは!」 「ハルヒ」 とっさに錯乱寸前のハルヒを抱きしめた。それはもう強く強くだ。 俺自身も耐えられなかった。こんなに苦しむハルヒを見続けたくなかった。 抱きしめてもハルヒは全く抵抗もしなかった。ただ俺に身を預けてしゃくり上げ続けている。 俺は落ち着かせるようにハルヒの背中をさすりながら、 「もういい。もういいんだ。終わったんだよ。全部終わりだ。こんな悪夢を見続ける必要なんてない。 いい加減、俺も疲れたしお前も疲れただろ? そろそろ目を覚まそうぜ。起きれば、また何もかも元通りさ。 こんなバカみたいな悪夢なんてすぐに忘れるほどに遊べばいい。不思議探索ツアーでも何でもしよう。 俺はまだまだSOS団の一員でいたいんだ」 すっと俺とハルヒの身体が発光し始めた。そうだハルヒ、それでいい。帰ろう。またあの部室に。 「また……また、一緒に……」 「わかっている。もう何も言うな……」 意識が暗転し始める。ようやく終わってくれる。この地獄の3日間が―― ◇◇◇◇ これを仕組んだ者の目的。それは涼宮ハルヒという人間を精神的に追いつめ、この世界に閉じこめること。 それもハルヒ自らがそう望むようにし向けることだったんだ。今まで閉鎖空間を作り出し、 その中であの化け物を暴れさせていた時は、ストレスを外側に向けていた。だから、何かを破壊するという行動になっていた。 だが、今回はじりじりとハルヒは追いつめられていった。世界や他人に絶望する前に、まず自分に絶望するようになった。 最後にハルヒがたどり着いた先は元の世界への帰還拒否。こんなダメで無能な自分のせいでたくさんの人が傷ついたのに、 どうして無傷な自分が帰れるのか。一体どんな顔をして仲間たちに顔を合わせればいいのか。 そんな考えに陥れば、誰だって帰りたくなくなるさ。 その後に奴らが何を考えていたのか知りたくもないし、どっちみちもうわからないだろう。 ………… でもな、甘いんだよ。ハルヒが帰ってこないと困る人間だっているんだ。俺はまだハルヒと一緒にいたい。 あのときに味わったような喪失感は二度とご免だ。どんな手段を持ってもハルヒを連れて帰る。 ――それが俺の意志だ。 ~~エピローグへ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2497.html
涼宮ハルヒの邁進 プロローグ 涼宮ハルヒの邁進 その1 涼宮ハルヒの邁進 その2 涼宮ハルヒの邁進 その3 涼宮ハルヒの邁進 その4 涼宮ハルヒの邁進 その5 涼宮ハルヒの邁進 その6 涼宮ハルヒの邁進 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4041.html
==刀は望んでいる。より鋭利な見衣を== ==刀は欲している。より多くの鮮血を== ==安土城== 鬼道丸『…』 一刀斎との戦いに於いて手にした妖刀・村正 その紅き力に染まった剣を見つめながら、鬼道丸は考えていた 鬼道丸(この刀に精度を搭載する理は無い…しかし容は如何だ?端麗な容とは言え余りにも貧弱…力と対比するに余りに滑稽…この刀、いや剣は一度打ち直す必要を感じる…) ???『帰ったか鬼道丸』 鬼道丸『夢幻坊か…』 夢幻坊『信長様を森蘭丸一人に押し付けてまで手にした妖刀…何ぞ不満でもあるのか?』 鬼道丸『生きて居られた故問題は無い。今、大殿は何処に?』 夢幻坊『美濃の洞窟に籠っておられる。覇王たる力だ…信長様と謂えど扱い難たし…と言った所だろう』 鬼道丸『そうか…私は宗兵衛の元へ行く』 夢幻坊『妖刀を鍛えることに関しては随一と呼ばれるあの名匠の処へか…』 鬼道丸『今暫くの留守を頼む』 夢幻坊『雷凰丸にそう伝えておこう。俺は俺で忙しい身なのでな』 鬼道丸『…了解した』 夢幻坊『宗兵衛は相模、か…』 その後、俺はハルヒに山のような忍具を購入させられ、朝比奈さんはお茶の葉を、長門は本を、古泉は吹き矢を、各々が自分の買い物を済ませた時点で宿屋に戻る事になっていた・・・筈なのだが、朝比奈さんも長門も古泉も自分の満足する品を探し出せなかったらしく、結局この日買ったものは大量の忍具だけとなってしまった。 何を買ったのかって? ハルヒが独断でホイホイ積んでったもんだから俺には全くもってわからん 一つだけ確実に言える事は、俺の財布が更に軽くなったということぐらいか・・・ 古泉「とりあえず今日はもう宿屋に戻って休息を取りましょう」 キョン「そうだな、とりあえずお前と朝比奈さんと長門は明日にでも探しにいけばいいさ」 古泉「ええ、明日は朝からもっと慎重に探しますよ」 みくる「あたしも行きますよぉ古泉くん」 長門「だめ」 みくる「ふえ?」 長門「いっくんは私と一緒」 みくる「そ、そうでしたね。私は一人で探しますからいいです・・・」 キョン「おい長門、朝比奈さんだって仲間だぞ?三人で一緒に行けばいいだろう?」 長門「いっくんと二人でデートする」 キョン「あのな…仕方ない。朝比奈さん、明日は俺と一緒に探しましょう」 ハルヒ「あたしも一緒に行くわ。みくるちゃん」 朝比奈さん「キョンくん…涼宮さん・・・ありがとうございますぅ・・・ふえっ・・ううう・・」 キョン「な、泣かないで下さい朝比奈さん」 ハルヒ「有希~」 長門「・・・・ぷい」 ハルヒ「全くこの子は・・・」 町の女商人「きゃあー!!」 キョン、ハル、古、長、みく「!?」 キョン「今向こうの方で声が聞こえなかったか!?」 古泉「何かあったようですね。行ってみましょう」 武士A「俺達にこんなパチモン押しつけやがって!!ふざけんなよこのアマぁ!」 女商人「パチモンなんかじゃありませんっ…ちゃんとした短刀です!」 武士B「口答えする気か!?殺すぞおらぁ!?」 女商人「・・・・っ」 武士C「おい!こいつやっちまうか?」 武士D「そりゃいいな!」 武士A「よし、服をぬがせろ!」 キョン「なんだ周りの奴らは?見て見ぬふりか?」 古泉「干渉することを拒んでいるように思えます」 ハルヒ「なんって腰の抜けた町民たちなの!?こうなったらアタシ達が止め…」 ドキュゥン!!! ???「やめたまえ君達」 みくる「じゅ、銃声ですぅ!ふええっ」 古泉「音から察するに短筒…それも最新式のものです」 キョン「あいつが撃ったのか…」 短筒を肩に抱えているその男は、長身でクールな雰囲気を装い、目に妙なものを掛けていた 武士B「なんだてめえは?武士たる俺様達に短筒を向けるとは何事だ!?」 ???「君達が武士だと?私には下郎にしか見えん。武士とは誇り高き雄の名を指す」 武士A「こいつ死にたいらしいな?いいだろう、殺してやるぜ…てめえら周り込め!!」 四人の武士達は短筒を持つ男の四方に周り込んだ 武士A「この距離ならお得意の短筒も使えねえんじゃねえか?」 ???「ふん、愚かな」 武士D「こいつっ」 武士A「…いいだろう、てめえらかかれっ!」 武士B、C、D「おおおおおお!!」 ???「はっ!」 クールな男は、武士が無造作に振り下ろす剣を華麗に交わし中段蹴り、回し蹴り、上段蹴りと三人の武士に攻撃を尽く命中させる。 三人の武士は気絶し、その場に倒れ込んだ 武士A「ひっ…」 ???「次は君の番だ」 武士A「み、見逃してくれぇ」 ???「残念だがそれは不可能だ。私の拳足を叩き込み、その曲がった性根を正してくれよう」 武士A「ひ、ひいいいっ」 ???「そのぐらいにしておきましょう」 俺達が後ろを振り返ると、今度は非常に可愛らしい少女がそこに立っていたー この子も中々のもんだー これも相模美人と言うのだろうか?いやいや、格好からして旅のお方か? しかし服装がどことなく古泉に似ているのが何とも悔やまれる ???「しかしだね、喜緑君」 喜緑さん「私は外傷を与えて自分の行為を改めさすより、こっちの方がいいと思うんです」 その可愛らしい少女(クールな男いわく喜緑さんと言うらしい。可愛らしい名前だ)は何やらブツブツと唱え始めた するとが武士のやつが何やら悶え苦しみ始めたじゃないか そして武士の周りには黒い何かが見える。 これはまさか・・・ 古泉「呪術、でしょうね。しかし式神とも仙術とも違う…彼女はどうやら飯綱使(いづなつかい)のようです。」 喜緑さん「この世に留まりしこの世たらざる者、この愚かしい者に断罪を与えなさい」 武士「うっうぎゃああああああああああああああああああああああああああうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」(おっ俺の頭の中を何かが食いちぎってっ…) キョン「あれはなんで叫んでいるんだ」 古泉「おそらく幻覚を見ているのでしょう。成程、確かに肉体的な罰より精神的な罰の方が、より一層効果的ですからね」 ???「よし片付いたな。行くぞ喜緑くん」 喜緑さん「あん、待って下さいよぉ」 未だに大声を上げ苦しみ続ける武士を尻目に、その二人はこの場を去って行った キョン「さっきお前が言ってた飯綱使ってのは一体なんなんだ?」 古泉「まず初めに『道士』とは何のことかご存知ですよね?」 キョン「強力な術を駆使する奴らのことだろう?」 古泉「まあ、そのような者です。術を中心とした戦闘体系を取ります」 キョン「現にお前がそうだしな」 古泉「次に『道士』は陰陽師、方士、飯綱使に分けられます」 キョン「陰陽師は式神、方士は仙術だったな」 古泉「その通りです。そして飯綱使とは神通力を手に入れ、妖術使いとなった者のことを指します」 キョン「それで、あの麗しい御方はその飯綱使とやらって訳か」 古泉「ええ、彼女は間違いなくそれです」 キョン「そうか…飯綱使でも何でもいいからもう一度お会いしたいもんだー」 古泉「涼宮さんに聞かれたても知りませんよ僕は」 キョン「う…」 俺達五人は宿屋に戻ると、一日の疲れを取るべく温泉に入り夕食を取る事にした。 相模宿屋の女将「本日は宴会所の方で晩餐をお願い致します」 ハルヒ「なんでよ?部屋まで持ってきてくれないの?」 キョン「宿屋によって違いがあるんだろう。文句を言うな」 ハルヒ「まあ、それもそうね」 ==宴会所== ハルヒ「へー結構広いわね!」 キョン「だが客は余り入っていないようだな」 二十畳ぐらいある広間に机が六個 宿屋の宴会所にしてはまあまあ広い方である 俺達五人は奥の席に座り、とりあえず酒を注文した。 ちなみに席は、俺・ハルヒ・朝比奈さんが隣同士、古泉・長門が隣同士ってな感じだ この席順は無論、長門の要望である ハルヒ「それにしても相模は高いのよ!売り物にしても宿屋代にしても!」 キョン「ハルヒよ。もう少し小さな声で頼む」 ハルヒ「しっかも激安とか言ってる商人がいるから行ってみたら何よあれ!普通に伊勢の方が安いってもんだわ!本当にどうかしてるわよ!!」 キョン「だ、だからもう少し小さな声でな…」 ハルヒ「あーもうむっかつくー!!」 古泉「僕達が周ったのはほんの一部ですし、明日は北の市場を中心に周ってみましょう」 ハルヒ「そうね。もしかしたら単に南の市場が高かっただけかもしれないし」 みくる「そうですよぉ!有名な商業港なんですからもう少し安いはずですぅ!!」 ???「そんなことは無い。この城下町は単に各地から商人が集まってくる事で有名となっただけで在って、売値が安いと言う可能性は非常に考えにくい」 ハルヒ「まだ分らないわよ!もしかしたら…ってかアンタ誰よ?」 俺達が声の方を振り向くと、そこには変な物を目にかけているクールな男と、かわいらしーい少女がにっこりと微笑んでいた 古泉「おや?あなた方は夕方見た…」 ???「夕方?ああ、あの成って無い武士達を少々教育していた場面かね?」 古泉「ええ、そうです。中々素晴らしい腕を御持ちのようで」 ???「あんなものは余興にすらなるまい。それより話の続きだが、相模は品数の町だ。商品自体の安さを求めるなら、安芸や出雲の城下町辺りが良いだろう」 古泉「これは耳寄りの情報を有難う御座います。」 ハルヒ「ふうん、そうなのね・・・」 みくる「めもめも」 キョン「それより貴方達は何者なんです?あの体術にしろ幻術にしろ、それから…」 古泉「短筒、ですね」 キョン「そう、それだ」 ???「私達は全国を旅して周っているものだ。とある理由があってな」 喜緑さん「私の名前は喜緑江美里と申します。こっちの方は眼鏡の人とでも呼んであげてください」 ハルヒ「アタシは涼宮ハルヒ!あっちの美少女がみくるちゃん。カッコイイのが古泉君。可愛らしい子が有希。マヌケ面がキョンね」 その自己紹介には聊か抗議を行いたくもあるが、ここは抑えておこう 喜緑さんも朝比奈さんもいるしな ハルヒ「ところでメガネって何よ?」 喜緑さん「南蛮の方で流行している商品で、あれを掛けると物がよく見えるんですよ」 ハルヒ「へー。面白そうね」 眼鏡の男「言っておくが、この眼鏡は貸さんぞ。本題に戻るが、私は自分の名前を探して旅をしているのだ」 キョン「名前…ですか?」 眼鏡の男「ああ、私は二年前以降の記憶が無くてな。その記憶を見つけるべく、私は黄緑君と共に旅を続けている」 古泉「なるほど、二人で各地を旅してきた訳ですね。それならば、あの実力も納得は出来ます」 喜緑さん「貴方達は何故旅をしているのですか?」 キョン「目標がありましてね。そんな大層なもんじゃないですよ~えへえへ」 ハルヒ「キョン?何をデレデレニヤニヤしてるの?」 キョン「そっそんなものはお前の見間違いだ!!俺は決して黄緑さんと一つに成りたいなどと言う不純なことは考えていない!」 ハルヒ「へぇ…そんなことを考えていたの?」 しまった!なんというミスを犯してしまったんだ・・・ フロイト先生も爆笑だっぜ☆ ハルヒ『『キョンの…バカぁー!!!!!!!!!!』』 涼宮ハルヒの忍劇10
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/29.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム 「東中学出身、涼宮ハルヒ」 おいおい、やめてくれ。 「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」 俺は垂直にすれば月まで届きそうな深い深い溜息をついた。 最初にこのセリフを聞いてから、間違いなく一年が経つはずだ。 なのに、なんで俺の後ろにいる長い髪の不機嫌そうな美少女は、同じセリフを繰り返す? OK、認めよう。 ここは一年前だ。同じ一年を繰り返している。 おそらく、俺だけが。 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの憂鬱――』 なにかを後悔したとき、人は必ず、「ああ、時間が戻ってくれたらなあ」なんて溜息を漏らすものである。 もちろん、時間が戻ってしまったとすれば、本人の記憶も失われ、結局は、同じ行動をとることになってしまうはずであり、「いや、自分の記憶だけ残して云々……」などと言い出すと、願望は非現実的な方向へ、非現実的な方向へと突っ走っていくことになる。 このため、大人になるということは、過去を諦めるということである、と俺は悟りを開いている。 だからな、ハルヒ。 遣り残したこと、やり足りないこと、失敗を悔やむ気持ち。よーくわかるが、ほんとに時間を戻してどうする、このアホ。 しかも、俺の記憶を残してどうするつもりなんだ、お前は? 『涼宮ハルヒの意図がどこにあるのかは不明。現段階で、一年間の記憶を持っているのは、あなたと私だけ。朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの記憶は消去されている』 携帯に入れていた長門の番号は消えていた。四苦八苦して思い出し、宇宙人に助力を請う。 なんといっても、古泉はまだ転校していないし、朝比奈さんは、ハルヒが拉致ってくるまで、俺とは面識がない。 唯一、長門は、三年前に俺と会っている。それに、八月の時と同じなら、長門は記憶を保っているはずだ。 ……長門、まさか、これも一万回以上繰り返している、なんてことはないよな。 『ない。このループは、初めて観測される。涼宮ハルヒの能力は、次第に減少していたため、情報統合思念体は非常に興味を抱いている。しばらく、私は観測に専念する』 「そうか……もう一つ。朝倉のことだ」 教室で朝倉に「おはよう、私、朝倉っていうの。よろしくね」と微笑まれたときには血の気が引いた。 『情報統合思念体は、今回の時間の巻き戻しに影響されない。朝倉涼子は、情報結合を解かれ、存在していない。あれは、私が構成したもの。情報操作の能力を持たない、ただの女子高校生……安心して』 わかった……俺はどうすればいい? 『なにが涼宮ハルヒに時空改変を起こさせたのか、現時点では不明。現状維持が望ましい。だから、朝倉涼子も復元した』 つまり、この一年間を、なるべくそのままなぞるってことか? 『そう……どこかで、時空改変を直す鍵が見つかるはず。それまでは静観』 なるほどな。じゃあ、そのうち、ハルヒと一緒に文芸部室に押しかけていくことになるだろうから、そのときは頼む。 『……また』 切れた。俺はまた溜息をつく。前回は二週間で、夏休みにやり残したこと、という具体的なヒントがあった。今回はどうだ。一年間とは、ちと長いんじゃないか、ハルヒ? ともあれ、現状維持だ。なに、一年前の行動をなぞればいい。俺は一年前の記憶が消えていないんだから、まあ、楽勝だろう。 ハルヒに話しかける、最初のセリフといえば決まっている。古泉のような作り笑いも忘れてはならないな。 「しょっぱなの自己紹介、どこまで本気だったんだ?」 作り笑顔を浮かべ、ハルヒの方を振り返って言ってみる。 「全部」 ハエタタキを叩きつけるような答えが返ってきた。 ……アレ?なんか違わないか。 ハルヒはそのまま口をへの字にして、腕を組んで黙っている。これで会話終了なのか? 冷や汗が吹き出てきた。俺はセリフを間違えたのか。やばい。楽勝どころか、いきなり氷山にぶち当たった豪華客船のごとく撃沈しそうだ。 冷たい海に投げ出されたがごとく青い顔をする俺に、ハルヒは少し興味を示してきたようだ。 「なに、あんた深刻な顔して……もしかして、あんた宇宙人?」 「いや、俺は違う」 あわてて否定する。なんとか話を元の流れに戻さないと。このあと、ハルヒは、だったら話しかけないで、時間の無駄だから、と言う筈だ……。 「俺は?ふーん、知り合いには居るみたいな口ぶりじゃない」 げっ、食いついてきやがった! 「ち、違う、知り合いにもいないっ」 「妙に必死ねぇ……あんた、ますます怪しいわ」 こいつの驚異的なカンの鋭さを、すっかり忘れていた。まるでエスパー並だ。 ライオンに追い詰められたガゼルのように汗をだらだら流しながら沈黙する俺を見つめて、ふぅん、とハルヒはお宝を前にした海賊のような笑みを浮かべる。 直後、担任の岡部が入ってきたから救われた。 そろそろと辺りを見回すと、東中出身の奴らは、信じられない、と驚愕の目つきで俺を見つめていた。 うう、そんな、たまたま網にかかった珍奇な深海魚を見るような好奇の目で俺を見ないでくれ。 『……さほど問題はないはず。でも、なるべく、一年前を再現するよう努力して』 すまん、長門……。 だが、俺の失敗は続く。 昼休み、俺は屋上で長門に定期連絡を入れていた。 屋上に出るドアの合鍵は長門につくってもらった。ここなら、気兼ねなく長門に連絡できる。普段はしっかり鍵がかかっているからな。誰も来ない。 「ああ、いまのところは問題ない。順調だと思う。……ああ、じゃあ、また報告をいれる。じゃあな」 ふう、やれやれと俺が電話を切って、携帯をポケットにしまったときだ。 「見たわよっ!!」 突如、ハルヒが現れた。 「あんたが怪しいから後をつけてたら、鍵がかかっていて出られないはずの屋上で電話してるじゃない。それも三日連続!間違いなく、母船で待機している宇宙人との定時連絡だわっ!!」 ハルヒは脱兎のごとく逃げだそうとする俺にハイエナのように掴みかかった。ハルヒが、「とりゃー」と掛け声をかけて放ったあざやかな脚払いを喰らって、俺はあっさりとコンクリートに倒れこむ。ハルヒは倒れた俺に馬乗りになった。マウント・ポジション、逃げられん。 「これが端末ね……携帯電話に偽装してもわかるんだから!あたしによこしなさいっ」 「やめろ、正真正銘の携帯だ、ただ電話してただけだっ」 ハルヒは無情にも俺の手から携帯を奪い取る。 「どれどれ……なにこれ、発信履歴が『長門有希』ばっかりじゃない。ははあ、これが宇宙人の連絡要員に間違いないわね」 血の気が一気に引いた。なんたって当たっている、大正解だ。 必死にハルヒの手から携帯を奪い取ると、思いっきりハルヒのわき腹をくすぐってやった。 笑い出すハルヒが体を浮かせた隙に、ハルヒの体の下から脱出し、俺は逃げ出した。 「あ、こら待ちなさぁいっ!」 『……あなたと私が知り合いである、という設定にする。私たちは図書館で出会い、貸し出しカードの作成をあなたが手伝った。私はお礼を言おうとしていて、同じ高校に、偶然あなたを見つけた。先ほどの電話は、また二人で図書館に行く相談ということにする』 つくづく悪い。俺のミスばっかりだ。 『いい。一年前と同じにならないのは、涼宮ハルヒの意志とも考えられる。ならば、多少の変更があっても問題ではない。それより――』 なんだ? 『いつ図書館に行く?』 学校ではハルヒに追っかけまわされ、放課後には長門と図書館に行く、その繰り返し。そうこうしているうちに、ゴールデンウィークが明けた。 本来、俺とハルヒの間に、はじめて会話が成立する時のはずだ。 しかし、会話が成立するどころか、学校での俺は、すでに四六時中ハルヒに監視されている。俺は涸れた井戸の底のように暗い気持ちで教室のドアを開けた。 「おはよっ、キョン!!」 ……この調子だ。だが、一応、言うべきことは言わねばなるまい。満面に1000ワットの笑みを浮かべるハルヒに向かって、ボソボソと俺は呟いた。 「……曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策なのか」 「そうよっ!どお、効果あるかしら?あんた、ビリビリと波動を感じたりしない?」 「しない」 「ふーん、じゃあ、切っちゃおっかな。あんた、ショートとロング、どっちが好き?」 「……ポニーテールが好きだ」 俺がそう言うと、ハルヒはげらげら笑い出した。 「あははは、だからあんた、火曜日になるとあたしのことをマジマジ見てるのね!」 俺がどう答えたものか困っていると、担任の岡部が入ってきて、その会話は終了。 だが。 翌日、ハルヒの髪型は、見事なポニーテールになっていた。 少し顔を赤くしたハルヒが、俺を見ながら照れたように言う。 「どお?」 「……似合ってる」 おい、これが、ハルヒの望んだ流れなのか? 『……おそらく』 やれやれ。 「全部の部活に入ってみたってのは……」 「そう、全部入ってみたけど、全然面白いのがないのっ!まったく、ようやく長い義務教育時代が終わって期待してたってのに、高校には失望だわ。 ホント遺憾をおぼえるわね。……まあ、部活なんかより、よっぽど面白いことがあるからいいけどね」 なに、それ? ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。 「あんたよっ!」 「付き合う男をみんな……」 「ぜーんぶ振ってやったわ!どいつもこいつもホンット普通の人間よ。 電話なんかで告白してきて、日曜日に一緒に映画館行って、暗闇の中で手つなごうとしてきてまるで馬鹿みたい!まったくつまんないったらありゃしないんだから。……ま、今度はなかなか退屈しないで済みそうだけどね」 なに、それ? ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。頬が少し赤い。 「あんたよっ!」 いやいやいやいや、ちょっと待てよっ!! 谷口が、白昼堂々幽霊が歩いているのをみたような、驚愕の表情を浮かべて俺のところにやってきた。 「おい、キョン、お前、いったいどんな魔法を使ってるんだ?」 谷口、実のところ、俺にもまったく全然理解ができないんだよ……。俺が教えて欲しいくらいだ。何がどうなったらこうなるんだ?誰か知ってる奴がいたらここに来てくれ。説明願おう。 「驚天動地だ。空前絶後だ。国士無双だ。あの涼宮とまともに付き合える人間がいるなんてな」 おい、俺とハルヒが付き合ってることは既成事実か?決定事項なのか? 「キョンは昔から変だからなあ」 こら、国木田、デフォルトとセリフが違うぞ。俺が変になってどうする。 「あたしも知りたいな」 谷口ランクAA+の美人委員長、朝倉涼子が顔を出す。そうだ、そういえば、こんな流れがあったな。どうやったらハルヒと仲良くなれるのか、とかなんとか―― ……あれ、朝倉さん、心持ち、顔が赤くないですか?なんで? 「……キョンくん、涼宮さんのこと好きなの?」 朝倉、なんでそんな質問するんだ? 急に朝倉はまつげを伏せる。心なしか、少し表情が曇っているように見えるが。 「ううん、なんでもない……ごめん、気にしないで……」 だが。 翌日から、朝倉涼子の髪型は、これまた見事なポニーテールになっていた。 みんなアホばかりだ。 席替えである。引き当てた俺の席は窓際後方二番目。ハルヒは当然のようにその後ろに席を落ち着けた。 まあ、ここら辺は変更なしだ。いやあ、なんとなくホッとするな。 ハルヒがまったく憂鬱な顔をしていないで、「キョン、また前後ろの席ね!」とか言って、妙に嬉しそうなのが気にかかるが……。 さて、そろそろ、ハルヒが新しい部活を作ると宣言する時間だ。 俺は、いつ頭を机にぶつけるのか、電気椅子に座った死刑囚のように、ひやひやしながら英語の時間をすごしていた。 ………… あれ、いつまでたっても、ハルヒが手を伸ばしてこないぞ。おかしいな。 ………… 英語、おわっちまうぞ!まさか、SOS団は結成されないのか? 「ハルヒ!」 焦った俺は、振り返ってハルヒの肩を掴んだ。 「な、なによキョン。あ、まだ駄目だからね。あたし、キスは付き合ってから一ヵ月後まで許さないの。それで、三ヶ月目には……」 「いや、そうじゃなくて、その、ぶ、部活、部活はどうした?」 「へ?言ったじゃない。どれもこれもつまんなくて……」 「ないんだったら作ればいいんだ!」 思わず、俺は声を大きくした。SOS団だけは、なんとしても結成しなくてはならん。 「何を?」 「部活だ!!」 ハルヒは、軽く溜息をつくと、俺の肩に手をやった。 「……あとでゆっくり聞いてあげる。そのヨロコビを分かち合ってもいいわ。でもね、今は落ち着きなさい、キョン」 ……いかん、これじゃ俺とハルヒの立場が逆だ。また冷や汗がたれる。 「授業中よ」 ハルヒは、泣きそうな英語教師に向かって手を差し出し、授業の続きを促した。 「部室のあてはあるの?」 昼休み、ハルヒは俺の顔を覗きこんだ。ポニーテールが揺れる。 あたしが部室を確保するわっ……と一年前のハルヒなら叫んでいたはずだが。 ああ、お前は変わっちまったなあ、ハルヒ。なんだか悲しくなる。暴走族の先頭でブイブイいわせているようなお前はどこに行っちまったんだ? 俺はまたボソボソと言う。 「……文芸部に知り合いが居る。部員一名で、廃部寸前なんだ。そいつが唯一の部員で……朝倉ともそいつは知り合いだ……」 「ふーん……ま、いいわ。じゃ、いこっか、キョン」 ハルヒは笑顔で俺の腕をとって、自分の腕を絡めた。 恋人同士のように、ハルヒと腕を組んで部室棟に向かって歩きながら、俺はハルヒに引きずられて連行された一年前を懐かしんでいた。 なんだか、どんどんズレが大きくなっていくな……。 文芸部室のドアを開ける。 ああ、懐かしい光景だ。長門が椅子に座って分厚い本を読んでいる。眼鏡がないのを除けば、再現率は100パーセントだ。さすが、長門。 「この子が、キョンの知り合いの文芸部員?へえぇ、可愛い子ね」 「長門有希」 む、とハルヒの表情が変わる。ハルヒの全身から怒りのオーラが滲み始めた。 「キョン、長門有希って……あんたの電話の履歴にあった子ね……同じ学校なのにあんだけ電話で話すなんて、よっぽど親しい間柄かしら?」 ハルヒが握っている俺の手が、ハルヒの握力に悲鳴をあげる。いたい、いたいから、ハルヒ! 「長門さん」 ハルヒが長門に向き直る。普段よりも半オクターヴほど下がった、非常に険悪な声だ。 「あなたとキョンの関係は……友達以上と捉えていいのかしら?」 「いい」 な、長門っ!? 「……わたしとキョンの関係は気にならないの?」 「別に」 まずい、まずいって!! 「ふーん……じゃあ、あなたをライバルと見なしていいのかしら?」 「どうぞ」 お前、他にセリフを用意してないのか!? ハルヒの目が、なんともいえない強烈な光をギラギラと放っている。部屋の体感温度が一気に5度は低下して、俺は寒気を感じた。 「ま、そういうことみたいね」 ハルヒは俺を親の仇のようにギロリと睨んだ。 「放課後、この部室に集合ね……あと、キョンは死刑だから」 わかったよ、死刑は嫌だから……って、決定事項かよ! 「先に行ってるわっ!」 ハルヒは、陸上部から勧誘を受けるのも頷けるほど、見事なスタートダッシュで教室を出て行った。その顔が引きつっているところを見ると、おそらく長門が気になるのだろう。 これから文芸部室で何が起こるのかと考えると、またまた溜息が出た。 『キョンのこと、どう思うの?』 『ユニーク』 『どんなところが好き?』 『ぜんぶ』 『……え、遠慮しないのね』 『わりと』 『……ふーん』 『……』 修羅場じゃねーか!そんな、引火寸前のガスが充満しているようなところに、俺は、聖火のトーチを持って突入しなくてはならんのか。 その、聖なる炎の名は、朝比奈みくるというわけだ。 あー、朝比奈さんですよね。 「そうですけど……あなたは誰ですかぁ?」 キョンとでも呼んで下さい。突然ですが、涼宮ハルヒって知ってますか? 「あ、時間だん……禁則事項です」 あなたは、未来人ですね? 「……禁則事項です」 ハルヒのせいで、時間断層ができたんでしょう? 「……禁則事項です」 その涼宮ハルヒと一緒に、部活を作ったんです。宇宙人の長門有希もいます。朝比奈さん、あなたも入ってくれませんか? 「……うう、詳しすぎますぅ……あなた、本当にこの時間平面の人間ですかぁ?」 まあ、事情があって、この一年間を繰り返しているんです。あなたに敵対する未来人ではないですから、安心してください。 「わかりました……これがこの時間平面での……」 「まあ、既定事項なんですよ」 きめのセリフを奪われた朝比奈さんは、ぷっと頬を膨らました。ああ、可愛らしい。久々に朝比奈さんを拝めたのは何よりの幸福だ。 さて、緊張の一瞬である。 文芸部室のドアの向こうに流れる気配は、尋常でなく重い。そして、絶対零度のように冷たい。敏感な小動物のように、朝比奈さんがふるふると震えだしたほどだ。 ええい、破れかぶれだ! 「よお、遅れてスマン!捕まえるのに、手間どっ…ちゃっ……て……」 な、なんなんですか、なんて空気ですか、ここ、レバノンですか? 凍りつくような沈黙に閉ざされたハルヒがツカツカとドアに歩いてきて、黙ってガチャリと鍵をかける。 なんで、かか鍵をかけるんですかっ、ハルヒさん!! 「黙りなさい」 ハルヒの押し殺した声に、俺はびくっとなって固まった。 「……すごい美少女を連れてきたのね」 ハルヒは、怯える朝比奈さんを眺め回す。 「しかも、すごい巨乳」 後ろから朝比奈さんの胸を揉みしだく。朝比奈さんは怯えてしまって、コブラに睨まれたアマガエルのように固まって動けそうもない。ハルヒのなすがままだ。 「ロリ顔で、巨乳?あんたの趣味?なんでこの子を入部させようというのかしら、キョン?説明が欲しいところね」 なんて言えばいい?まただらだらと冷や汗が……。 「こういう……マスコット的キャラも……必要かと……萌え要素が……」 ごっちーん!! グーで頭を殴られた。ハルヒは怒りに燃えて、顔が真っ赤になっている。 「真性のアホね、あんたはっ!!キスは二ヶ月延期、エッチは四ヶ月延期だから!!せいぜい、悶々と夏を過ごす事ねっ!このバカキョン!!」 ………… 「で、この集まりの名前はどうすんの?」 うむ、これだけはゆずるわけにはいかない。思い入れもある。一年経って、愛着さえわいてきた名前だ。 頭がじんじんと痛むが、それをおして俺は立ち上がって宣言しようとした。 「もう考えてある……いいか、俺たちの団の名前は……」 と、俺が言いかけたとき、横から長門がすばやく言った。 「SOS団」 ハルヒが眉をしかめる。 「なにそれ、センスないわね」 ……このやろう、一年前にお前が考えたんだよ、元はといえばっ! 「……世界を、大いに盛りあげるための長門有希および、涼宮ハルヒの団。略して、SOS団」 あれ、ちょっと違わないか?長門。 「ふーん、まあ、いいわ。有希、みくるちゃん、よろしくね……………負けないから」 なんだ、ハルヒ、最後にボソッと呟いたのは!? 「なんでもないわよ、アホキョン!帰るわよ!!」 顔を赤くしたハルヒが俺の腕を掴んで、自分の腕を絡ませた。 これにて、今日の活動、終了。 『とにかく、SOS団が発足した。これは前進。問題はない』 問題はありありだと思うのだが……やれやれ。 さて、パソコンである。 カマドウマ事件を引き起こしたり、閉鎖空間で、長門のメッセージを送ってきたり、世界改変での緊急脱出プログラムになるなど、非常に活躍が多いアイテムである。SOS団の活動には、なくてはならない、と言ってもいい。 だが、果たしてコンピ研から奪い取ってもいいのだろうか? 奪い取らないとすれば、射手座の日というエピソードがまるまる消滅してしまう。あれは、コンピ研の復讐が発端だったからだ。長門がその能力を遺憾なく発揮する機会も失われてしまう。 だが、奪い取ると、当然恨みを買い、朝比奈さんの胸がコンピ研部長氏にトラウマを生むことになる。 うーむ、どうしたものか。 『自分たちで買う』 それでいいのか?長門。 『問題ない。涼宮ハルヒが、パソコンを得るために、朝比奈みくるを利用することは、現時点では考えにくい。だが、パソコンは必要。だから買う』 まあ、長門がいうならそうだろう。だが、資金がないぞ。 『ある。十分な資金を私は持っている』 統合なんたらのくれた小遣いか? 『違う。競馬で当てた。超大穴、ハレハレユカイに10万円を投資』 こ、今世紀最大の大穴と言われていた、あの馬か!しまった、気が付かなかった。 『非常に儲かった』 ……長門、やることはきっちりやっているな。 『明日までにパソコンを設置しておく』 翌日、見事に最新機種のパソコンが設置され、長門の手によってホームページも作られていた。 やれやれ、これでカマドウマ騒ぎはしなくて済みそうだ。よけいな仕事がなくなって、きっと喜緑さんも喜んでいるだろう。 ある日のハルヒと俺の会話。 「あと、団に必要なものはなんだろうな、ハルヒ」 「さあね、これ以上女の子はお断りよ」 「ぐうっ……謎の転校生とかはどうだ?」 「それが女の子ならお断りよ」 「……安心しろ。イケメンのエスパー少年だ。ホモだが」 「あんた、そっちの気はないでしょうね。たとえ男でも、あたしは自分の彼氏に言い寄る奴はぶっ潰すからね」 「俺は真性のヘテロ・セクシュアルだよ。」 「そして真性のアホってわけね。ま、そこがいいんだけどね。キョン、あんたのお弁当もつくってきたから食べましょ。はい、あーんして」 「ちわー」 俺が部室に入っていくと、すでに長門と朝比奈さんが来ていた。ふう、と息を吐いて、俺は椅子に座る。 果たして、元の時間に戻れるのかね。最近、その目的を忘れがちだ。 なんたって、一年前の繰り返しのはずが、どんどんずれている。SOS団の活動二年目のような気さえしてくる。そのせいか、もとの時間に戻らなくては、という危機感がわかないのだ。 長門はいつものように本を読んでいる。こいつは記憶を持っているから、落ち着いたもんだ。一方、朝比奈さんは、ハルヒというより、むしろ俺を少し警戒しているようだ。狼にでも見えるのかね? 「やっほー」 ハルヒがでかい紙袋を提げて入ってきた。満面の笑み。はて、どこかで見た様な…… 記憶の奔流がフラッシュ・バックする。 しまった、今日はハルヒがバニーガールの衣装を持ってきて、朝比奈さんとチラシ配りに出かけ、朝比奈さんが泣き出すというあの日だっ! 説明的なセリフを心の中で叫ぶ。……あれ、ハルヒの持ってる袋が三つだ。 「ハルヒ、それ、中身はチラシか?」 「は、チラシ?そんなのあんたが作って配ればいいじゃない。あたしが持ってきたのは、こーれ。じゃああああああん」 やはりバニーだ。おや、バニーは一着だけで、次に出てきたのはメイド服、そしてチアガール、巫女さん、ナース、スチュワーデス、スクール水着、OL風の服、浴衣、ゴスロリ、ウエイトレス、鞭つきのは女王様、拘束具つきのは奴隷か。 「あんたが何属性なのかわかんないから、とりあえずいろいろネット通販で揃えたのよ。じゃあ、まずはバニーね。キョン、着替えるから後ろ向いてなさい。振り返ったら死刑だから。……ま、ちらっとだったら見てもいいわよ」 ハルヒは制服をするすると脱ぎだした。俺は慌てて後ろを向く。 おい、それ全部自分が着るのか?というか、どこからそれだけの服を揃える金が出た。 俺は後ろを向いたままハルヒに尋ねる。 「有希がくれたわ。活動費だって」 そろそろと視線を動かして、本に没頭する長門の方を見る。 「競馬。超大穴、エスパーマッガーレに、ハレハレユカイで得た資金を投資。また大儲け。」 あ、あの今世紀二番目の大穴の馬か! 「さらに、その資金を、超大穴、ミラクルミルクに投資。またまた大儲け」 あ、あの今世紀三番目……以下略だ。 「……笑いがとまらない」 ああ、長門も壊れていく。無表情で笑いが止まらないって、どんな状態だよ、長門。 「さ、できたわ、キョン!こっちむいて、欲望に悶えなさいっ!!」 やれやれ。スタイル抜群、完璧なバニーガールが、満足げに俺を見つめていた。 翌日、涼宮ハルヒの名前は、全校生徒の常識になっていた。 こともあろうに、ハルヒがバニーコスプレをいたく気に入り、その格好で俺と腕を組んで帰ったためだ。ハルヒの大きな胸が腕にあたって気分は上々、じゃなかった、俺は真っ赤になっていた。 「ウブねぇ、キョン!」 なーんて言いながら、ハルヒは俺の腕をとって嬉しそうに歩く。 ところで、朝比奈さん、なんでメイド姿で下校なんですか。 「なんだか気に入りましたぁ。これから、私、部室ではこれ着てますね」 長門、ちょこんとした巫女さんは可愛いが、それで帰るつもりか。 「……そう」 こうして、ぞろぞろとコスプレ集団が一斉に下校し、SOS団の名前は校内に轟いたというわけだ。 翌日の教室。 「キョンよぉ……、どうやったらあんなハーレムが作れるんだ?涼宮に朝比奈さんだけでもすげぇのに、俺的美的ランクAプラスの長門有希もいたじゃねえか……」 谷口が羨ましげに言う。眼鏡なしの長門は、Aマイナーから二階級特進したようだ。 「昨日は驚いたな。キョンが可愛い女の子三人に囲まれて、しかも、みんなコスプレしてるんだもの。メイド姿の朝比奈さんや、バニーガールの涼宮さんもよかったけど、巫女姿の長門さんも、素敵だったなぁ」 国木田も遠い目をする。 「なあ、キョン、ぜひ俺もそのSOS団に入れてくれ、頼むっ」 いや、まあ、すまん谷口。いろいろと厄介ごともあるんだ、こう見えて。そのうち、驚天動地の事件が起きて、俺は命を狙われたりするんだよ。 「ぶっそうなこと言わないで」 ポニーテールを揺らして、朝倉涼子までやってきた。いや、それはお前が……あ、この時間の朝倉は人畜無害なんだっけ。たしか長門がそう言ってたな。 「キョンくんに、なにかあったら……あたし……」 朝倉はそういって俯いた。 ……可憐だった。 そうこうするうちに、待望の転校生がやって来た。 まあ、そんなに待望していたわけではないが。ともかく、これでSOS団のデフォルトメンバーが勢ぞろいすることになる。いやあ、最近、お前のことをすっかり忘れてたよ、古泉。 とりあえず、九組にいって古泉を探す。 どれどれ……人だかりができている。あの輪の中に、古泉がいるんだろう。 「おい、古泉一樹」 俺は人だかりの方に声をかけた。 「なんでしょう?はて、あなたは、どなたですか?」 すぐ教えてやるさ、エスパー少年。 ……………… 「いやあ、驚きですね。この一年が繰り返しているなんてぜんぜん分かりませんでしたよ」 「まあ、そうだろうな。俺と長門有希以外は、みんな記憶を上書きされたから」 「なるほど……わかりました。僕もSOS団に加わらせていただきましょう」 ああ。そうしてくれ。これで役者がそろった、ってやつだ。 ……………… 「おまたせ、あー、こちらが謎の転校生君だ」 古泉は、例のハンサムスマイルを浮かべて挨拶した。 「古泉一樹です。よろしく」 じぃーっとハルヒが見つめる。 「あたしが涼宮ハルヒ。こっちで本を読んでいるのが有希で、この可愛い子がみくるちゃん。……古泉くん、ひとつだけ忠告しておくわ。」 「はい、なんでしょう?」 「……キョンに手をだしたら死刑ね」 やれやれ、実に物騒だ。 古泉も笑って肩をすくめる。 「ご心配には及びませんよ。僕には、ちゃんと決まったパートナーがいますから」 古泉の発言に、ハルヒはほっと胸をなでおろしたようだ。 「ふーん、そう、じゃあいいわ。それ、前の学校の人?」 「ええ、彼は教員でしたが。」 部室の空気が一気に凍りついた。全員、どうにも気まずくなって、その日の活動は終了した。 その晩、ハルヒから電話がかかってきた。 『キョン、明日土曜日でしょ、一緒にデートしない?』 ああ、そうか土曜日か……はっ、また忘れるところだった!不思議探索をやっていない。 『不思議を探しにいく?まあ、楽しそうだけど……あたしは単にデートがしたいんだけどな』 あー、それは日曜にしようぜ。 『ま、いいわ。あんたがそう言うなら!じゃ、駅前に集合でいいかしら?』 ああ。じゃ、また明日。 『じゃね、愛してるから、キョン。おーばー♪』 顔が赤くなっちまった。なんだか無性にテレながら、長門、朝比奈さん、古泉に連絡をいれ、不思議探索は決行と相成った。 とはいえ、たいしたことがあったわけじゃない。当たり前だが、特に不思議なことも見つからず、組み分けではハルヒが俺を独占した。ハルヒは実に上機嫌で、俺との散策を楽しんでいた。 長門、朝比奈さん、古泉の三人がどうしていたかは知らん。仲良くやっていればいいのだが。 翌日は、遊園地でハルヒとデートした。二人で乗り物を乗り回し、二人とも豪勢に買い物したが、長門が十万単位で活動費をくれるので、一向に苦にならない。 帰り際、少しはにかみながら、ハルヒが俺にキスをした。 うーむ。 閉鎖空間でファーストキスのはずなんだが。 予定がどんどんずれていくな……これでいいのだろうか? あるいは、閉鎖空間に俺とハルヒがいくことがないとか? さて、今日は、懸案事項を片付けなくてはならない。 下駄箱に入っていた、呼び出しの手紙だ。差出人は書いていないが、朝倉涼子であると考えて、まず間違いないだろう。 長門が再構成したので、普通の女子高校生になっているはずだが……こういう行動は一年前と変わらないから不思議だ。 『大丈夫。彼女があなたに危害を加えることは有得ない。私とは独立して行動しているため、その意図は不明だが、あなたの安全は保証できる』 ありがたい長門の言葉をいただいて、放課後、俺は教室に向かった。 「遅いよ」 朝倉涼子が教壇に立っていた。 「やはりお前か……」 「そ、分かってたの?……入ったら」 俺は教室に脚を踏み入れる。長門のお墨付きがあるとはいえ、やはり体は恐怖を覚えているのか、動きがぎこちない。 「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね、これ、どう思う?」 「ああ、よく言うな。」 たとえば、一年前のお前とか。 「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になるのは解っているけど、どうすれば状況がよい方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」 日本経済の話ではないな、もちろん。言ってみただけだ。 「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」 「まあ、そういうこともあるかもしれん」 「でしょう?」 朝倉は、なんだか泣き出しそうな顔で微笑んだ。 「だから、変えてみようと思うの」 朝倉が俺に向かって飛びついてきた。とっさに体が逃げようとするが、反応が間に合わない。俺は朝倉に押し倒され、床に倒れこむ。おい、長門、安全なんじゃないのか!? だが、朝倉はナイフを振りかざすでもなく、俺の体に馬乗りになっている。形のいいポニーテールが揺れている。朝倉涼子の顔が赤い。 「好きなの」 へっ? 「キョンくん、大好き。お願い、私のことを抱いてほしいの!」 朝倉が俺の体に抱きつく。大きな胸が押し付けられて、朝倉の体温が伝わってくる。 「ままま、待てっ!!」 俺は何とか朝倉の体を押しのけた。 「すまん、気持ちはありがたいが、俺には応えることができない。誰かもっといい男をみつけてくれ、お前ならすぐに見つかるさ!」 「うん、それ無理。だって……私は本気でキョンくんのことが好きなんだものっ」 朝倉の瞳から一筋涙がこぼれた。 「もう、耐えられないよ……あなたは可愛い女の子たちに囲まれて……あたしのことなんか見てもくれないっ……えぐっ……あなたが好きだから、ポニーテールにもしたのに……えぐっ……気がついてもくれない……うわああああああん……」 朝倉涼子は泣き出してしまった。ど、どうする? とっさに、俺は朝倉を抱き寄せていた。頭を撫でて落ち着かせようとするが、朝倉はますます泣き出す。 「あ、朝倉、その、落ち着いて――」 がらっ 「ういーっす。Wawawa忘れ物……うぉわ!」 谷口……なんてまあ、お前はどんなタイミングで入ってくるんだ。 「すまん。……ごゆっくりぃぃぃ!!」 泣きながら谷口は帰っていった。ああ、どうすっかなぁ。俺はまた深い深い溜息をついた。 「キョンくん……」 いつの間にやら泣き止んでいた朝倉が、熱っぽい目で俺を見つめる。 「あたしも……SOS団に入れてくれないかな?お願い……せめて、あなたの側に居たいの……」 潤んだ瞳に見つめられて、思わず承諾してしまった俺を誰が責められよう。 こうして、SOS団に新たな団員が誕生した。朝倉涼子、AAランク+の美人委員長キャラである。 いいのか?やばいか?これは……。 翌日。 ハルヒはおもいっきり不機嫌オーラ全開だった。 原因は、言わずとしれた、朝倉涼子の加入である。 朝倉は、朝比奈さんとお揃いのメイド姿で、甲斐甲斐しくお茶を入れたり、部屋の掃除をしたり、お菓子を出したりと働きまわる。 そして、俺と目が合うと、照れたような微笑みを送ってくる……可愛い。なんといっても、AAランク+は伊達じゃないし、性格までいい。その上、ポニーテールだ。 一方、ウサギさんは非常に不機嫌である。 古泉が居ないのは、閉鎖空間が大発生しているのだろう。 このため、俺は、不機嫌なバニーと、忙しく働く二人のメイド、無口に読書を続ける文学少女に囲まれて、一人、椅子で体を固くしている。 「狭いわ、この部屋。ちょっと団員が多いんじゃないかしら?」 ハルヒ、そう露骨に朝倉をいじめるな。朝倉が俯いて泣きそうになってるぞ。かわりに古泉が居ないんだから、普段よりも多いことがあるかよ。 「問題ない」 長門が本から顔を上げた。 「コンピ研は、すでにSOS団の勢力下に入った。いずれ、夏休みまでには工事を行って二つの部室をつなげる」 「おい、いつの間に?コンピ研は承諾したのか?」 「問題ない。……すでに私が部長になっている」 長門のやつ、コンピ研を乗っ取りやがった!いつのまに。 ……まあ、それはいいとして、工事なんて、どこからそんな大金が出るんだ?まさか学校からじゃないよな。 「私が馬主となっている、サイレントユキがレースで活躍中。賞金が膨れ上がっている。工事のお金など、実に些細なこと」 最近、新聞を賑わしている無敵の競走馬が、まさか長門のものだったとは……。 道理で、この部室が豪華になっていくわけだ。エアコン、冷蔵庫、全員分のノート型パソコン、大画面の液晶テレビ、絨毯など、加わった備品を上げればきりがない。 長門の椅子も、粗末なパイプ椅子から、非常に豪華なふかふかの椅子に変わっているしな。 ちょっと機嫌を直したバニーさんが、俺のとなりに腰を下ろし、ぴったりと俺に体を寄せる。 「有希、だったらベッドも欲しいわね。夏といえば泊り込みだもの!あたしとキョンのは、ダブルベッドでお願いねっ」 朝倉が、ピクッと体を固くした。バニーとメイドの間で、パシッと火花が散る。 うう、毎日が修羅場だ。胃に穴が開きそうだよ、俺は。 SOS団の活動って、こういう感じだっけ?ある意味そうかも。 もはや軌道修正は不可能みたいだ。 『私は非常に満足している。サイレントユキも絶好調。獲得賞金額は鰻の滝登り』 いや、満足しちゃまずいだろ。まだループの原因がわかってないぞ。下手すれば、この一年をまた繰り返すことになるぜ。 『あなたに託す』 おい、面倒くさがるなよ、長門! 『まだ、消化すべきイベントが残っている。涼宮ハルヒの閉鎖空間。あなたがそこに行けば、ヒントがつかめる……そんな気がする』 なんだか適当だな、お前らしくもない。 『それより、今週の日曜は図書館。予定を空けておいて』 やれやれ、わかった。 それにしても、ホントに閉鎖空間は発生するのかね? だが、しっかりと閉鎖空間は発生した。 「キョン、起きて……起きなさいっ」 「う……ここ、どこだ?」 俺は制服姿のハルヒに起こされた。いや、まあ、見覚えはあるさ。文芸部室の窓の外に広がっている灰色の空。 閉鎖空間だ。 やれやれ、これでハルヒにキスすれば、全部のイベントが終了だ。なんというか、非常に長かったな。 「なんなの、ここ?なんであたしはキョンと二人きりなの?」 神人や古泉が出てくる前に、さっさと終わらそうか。 「ハルヒ」 俺はハルヒの肩をつかんだ。 「なに、キョン?」 「実は、俺、ポニーテール萌えなんだ」 「知ってるわよ。だからあたしがポニーにしてるんじゃない」 ぐっ、と詰まるが、言葉を続ける。 「お前のポニーは、そりゃもう反則なまでに似合っているぞ」 「そ、そうかな?ありがと、キョン。嬉しいな、そう言ってもらえると」 ええい、調子が狂いっぱなしだ!ままよ、と俺はハルヒにキスをした。 「んっ……」 ハルヒはどんな表情をしているのだろう。目を閉じているために、俺には分からないが。 「んくっ……」 そろそろ、ベッドから落ち、頭に衝撃が走って俺は目を覚ますのだ。 「んぷ……ちゅる……」 あれ、おかしいな……いつまでもハルヒの唇の柔らかい感触が消えない……。 「ちゅる……ちゅぷ……んん……ぷはっ」 俺は愕然として目を開けた。眼前には、顔を上気させたハルヒがいる。 「うれしい……キョン、とうとう自分からキスを求めてくるなんて……やっぱり、あたしのことを選んでくれたんだ……もう、どれだけ待たせたとおもってるのよ!」 ハルヒはしっかりと俺を抱く。おかしい、おかしい。 「キョン、大好きよ!!」 やばい、やばい、やばい。こいつはまずい、まずいぞ。ど、ど、どうすればいい? 「ちょ、ちょっとトイレ!」 「もお、じらすんだから……早くしなさいよ?」 ハルヒは、しゅる、とスカートを脱いだ。色っぽい目つきで俺を見つめる。 「……用意して、待ってるから、ね」 俺は部室を飛び出した。どうする、どうしたらいい? とりあえずコンピ研の部室に飛び込む。どこのパソコンでもいい、長門とコンタクトを取らなくては。 ふと、窓の外を見ると、赤い光が浮かんでいる。それは次第に古泉の形をとった。 「いやあ、仲間の力を借りて、やっとここまで――」 俺は窓をピシャッと閉める。いずれにせよ、古泉がトイレットペーパーで出来た傘並みに、まったく役に立たないことは間違いない。 窓を叩きながら、まだなにか言いたそうな古泉をほっといて、パソコンの電源をいれる。 黒い画面。やはり一年前と同じだ。カーソルが動いて文字を紡ぐ。 YUKI.N> みえてる? 『ああ』 見えてるぜ、長門……。 『どうすりゃいい?』 YUKI.N> 涼宮ハルヒは、あなたとのキス以上のものを望んでいる。これは確か。したがって、その世界から帰還するには、彼女の欲求を満足させることが必須。 『神人はどうする?あいつが部室を壊したら……』 YUKI.N> おそらく現れない。涼宮ハルヒは、行為の最中に邪魔が入ることを望まない。 『なるほど』 YUKI.N> まだ図書館に行ってない。約束。帰ってきたら、夕食にカレーを振舞う。 『楽しみにしておくさ』 YUKI.N> そして、そのあとは、私の部屋で 文字が薄れて消えていく。思わず、パソコンに手をかける。 「おい、長門っ!!」 最後に長門の打った文字が短く、 YUKI.N> sex 俺は頭を抱えた。 長門……これは、俺とハルヒのするべき行為の指示なのか?それとも、前の文章につながるのか? 俺は、震える手で文芸部室のドアを開けた。 「遅かったじゃない」 そこには、ハルヒが、一糸まとわぬ姿で立っていた。髪だけは、ポニーテールのままだ。 「ふふ、緊張してるの?」 してるとも。なんたって、俺に世界の運命がかかってるからな。 「やだ……そんなにまじまじ見ないでよ……」 ハルヒが恥ずかしそうに手で大きな胸を隠す。胸を隠して股隠さず…… 「す、すまん!」 無性に恥ずかしくて、俺は俯いた。急激に頭に血が上るのが分かる。 「キョン……こっち、こないの?」 すまん、足が緊張で固まっちまって動かないんだよ。情けない話だが。 「じゃあ……あたしが行くね」 ハルヒがゆっくりと近づいてくる。ハルヒの白い肌が妙にくっきりとして鮮やかだ。 顔を赤くしたハルヒが、俺のブレザーのボタンに手を伸ばした。 「ま、まて、自分で脱ぐから」 「……うん」 俺は震える指でボタンをはずし、服を脱ぎ捨てた。トランクスを脱いだとき、横目で見ていたハルヒが、ビク、と体を震わせて、あわてて後ろを向いた。 「お、男って、みんなそんなに大きいの?それとも、キョンのが特におっきいの?そんなの……は、入るのかしら……」 いや、特別俺のが大きいというわけではないと思うが……やっぱり初めて見るのか?ハルヒ。 「エロ本以外では、初めて……」 「……じゃあ、お前のも見せてくれないか?」 こうなったら、なるようになれだ。ハルヒは、神妙な顔でコクンと頷くと、ピョン、と机に座って、足をそろそろと広げた。手を伸ばし、自分でピンク色をしたそこを指で広げてみせる。 「触っても、いいか?」 「……やさしく、おねがい」 おそるおそる手を出す。熱くなったそこに触れた瞬間、んっ、とハルヒが呻き声をだした。 ……もうしっかり濡れているみたいだ。 「その……あんたを待ってる間、我慢できなくて……自分で……だから、もういつでも入れていいよ……準備、出来てるから」 「分かった」 俺はハルヒを抱き上げると、ゆっくりと床に下ろした。床には長門が買ってきたふかふかの絨毯が敷いてあるので、肌に心地よい。 「キョン……大好き。ほんとに大好き。……愛してるから」 ハルヒが目を潤ませて言う。 「俺もだ……ハルヒ、大好きだ」 ハルヒの両足を広げ、ハルヒのそこに自分の息子をあてがう。 ぬる、とハルヒの中に入っていく感触がある。すごく中は熱くて柔らかい。溶けてしまいそうだ。 「キョン……来て……中まで……」 「ハルヒ、行くぞ」 ズブ、と俺は腰を入れた。「ああああっ!!」と、ハルヒが叫び声をあげる。 ハルヒ、大好きだ…… ……って、あれ? 気がつくと、周りの景色が変わっている。 文芸部室じゃない。ここは、このベッドは…… 俺の部屋だ。 やれやれ、閉鎖空間から戻ったのか。 俺はふう、と息をついた。よかった、なんとか戻ってこれた。 ……む、俺の横にある柔らかい塊はなんだ? 「うぉわっ!!」 隣で制服姿のハルヒが寝てるじゃねーか!な、なんで俺はハルヒとベッドで二人なんだ? 「キョン……らめぇ……はげしいよぉ……あん……いっちゃうぅ……」 ハルヒ……どんな夢を見てるんだ……さっきの続きか? やれやれ。 ここから先は後日談となる。 といっても、時間のループについては何も解決していないがな。 夜中に目を覚ましたハルヒとの、熱い熱い一夜のせいで、俺もハルヒも寝不足のまま登校しなくてはならなかった。 朝から一緒に腕を組んで、どうみても一夜を共に過ごしたカップルそのものの姿で登校するとは思わなかったな。朝食の時の、母親と妹の視線が痛いところだった。 それにしても、俺のベッドで寝ていた理由を、「寝ぼけたかな?」の一言で片付けたところは、さすがハルヒというべきか。とてつもない大物の予感がするよ。 さて、今日は土曜日、SOS団不思議探索の第二回目だ。 誰一人休むと言い出さないんだから、みんなよっぽど暇なのか、職務に忠実なのか。 俺が駅前に向かうと、すでにほかのメンバーは揃っていた。 いつもの制服姿の長門。手に持っているのは……競馬新聞だな。 ふんわりした私服の朝比奈さん。俺を見ると、にこっと微笑んだ。 デニムのスカートが似合う朝倉涼子。こっちに気がついて小さく手を振っている。 ニコニコと笑う古泉。閉鎖空間でシカトしたことを、少し根にもっているようだが。 そして――涼宮ハルヒ。今日もポニーテールが素晴らしく決まっている。まあ、朝倉もだが。 「キョン、遅いわよ、しっかりしなさい!あんた、団長でしょ!」 そう、そして、SOS団団長――この俺である。 まだまだSOS団の活動は続くのさ。ハルヒの起こしたループの原因を解明しなくちゃならんしな。 まあ、万一、ループの原因がわからないまま、このメンバーで二年目に突入したとしたら…… それも悪くない、だろ? おしまい涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4698.html
最近キョンの様子がおかしい。 何だろう、私に隠しごとがあるような。特に理由があるわけではないけど、なんとなくそんな気がするの。こういう時は直接聞くに限る。 「ねえ、キョン。私に隠しごとしているでしょ」 キョンは一ノ谷から駆け下りる源義経を見た平家のように動揺している。 「いきなり何を言い出すんだ。別に何もねえよ。」 「正直に言いなさい」 「母が次の中間テストで成績が悪かったら予備校に行けってうるさくてな。成績が悪かったらどうしようかと思い、憂鬱なのさ。」 「ふうん。あんたは勉強の仕方が効率悪いのよ。そう言えば来週数学の小テストがあったわね。今度、私が指導してあげるわ。」 「ああ、頼む。」 「ところでキョン。最近どう。元気にしてるの。」 どうもこうも、授業中も放課後もいっつもおまえの前にいるだろ。俺が元気かどうかなんて言わんでもわかるだろ」 「私の知らないところで変わった経験をしたとか、宇宙人が歩いていたとかそういうのはないわけ。普段、しっかり周りに目を配っていたら1つや2つ見つけられるはずよ。あんたそれでもSOS団の団員なの」 「あのな。ハルヒ。そんな体験がごろごろ転がっているわけないだろ。」 私はキョンが一瞬動揺したのを見逃さなかった。 「おまえこそ変な体験をしたことはあるのかよ」 「うーん。そうね。」 心当たりがないわけではない。私だって1つぐらい奇妙な体験をしたことがある。でも、言わなかった。 「まあ、いいわ。不思議な出来事は簡単には見つけられないの。ありふれた日常でもじっくり目を懲らすと転がっていたりするものよ。常に気を引き締めて周りに気を配りなさい。わかったわね。」 キョンは「やれやれ」とでも言いたそうな顔をしていた。 不思議な体験ねえ。もうあれから4年も経つのか。 放課後、いつも通り部室に行く。 部室に入ると、キョンと有希が何かを話していた。キョンは私が部屋に入ってきた途端、話をやめ椅子に座り、有希は私を一瞥してから、本を開ける。何を話し ていたんだろう。みくるちゃんはメイド姿でお茶くみをしている。私は机に座りパソコンに電源をつける。そしてお茶を飲み、メールとホームページのカウン ターをチェックしてからネットサーフィンをする。宇宙人も超能力者もいない、不思議で奇怪な体験も存在しない。SOS団を結成してもうすぐ1年。毎日繰り返されるSOS団的日常。けどそれはそれで楽しかった。そういえば最近のキョンの様子がなにか変なのよね。ここ数日ずっと感じる違和感。予備校の話は本当なんだろうけど、他にも何か隠しているわね。キョンが私に隠さなければいけないことってなんだろう。 と考えていると古泉君が部室に入ってきた。 「どうも、遅れてすみません。」 そうして、団員全員が揃った。 揃ったから何もする訳でもないのだが。私は今日明日に適当な記念日がないかネットで調べたりしていたが「日本気象協会創立記念日」とか「長良川鵜飼開きの 日」とかばっかりでイベントができそうな記念日も見つからなかった。まあいいわ。来週にはビックイベントをしないといけないしね。 キョンは部室を出て行ていく。三者面談があるらしい。 三者面談というのは、先生と生徒とその保護者の3人で進路のこととかを話し合うというくだらない行事で、2年生は5月のゴールデンウィーク明けから実施されている。 しかし暇だわ。なんかすることないのかしら。 そういえば、朝比奈ミクルの冒険DVDの仕上げをしようと思っていたんだわ。キョンがいないし丁度いいわ。DVDのジャケットを決めるためみくるちゃんの写真を何枚かピックアップして画面に表示させる。どれがいいかしら。このメイド服も色っぽいけど、かえるの写真も意外にいけるわね。 「古泉君、あなたはどれがいいと思う?参考までに聞いてあげるわ。」 古泉君が画面を覗きこむ。 「そうですね」 その時ドアが開いた。 「何やってんだ。」 キョンだった。 キョンは不機嫌そうな顔をしている。それを見た古泉君は微笑しながらパソコンから離れていく。 「写真を見ていただけよ。あんたこそ面談じゃなかったの。」 「前の人が長引いていて、まだ順番が回ってこないようだったから部室に戻って来たんだ。」 「そう。」 「で、何やってたんだ。」 キョンがパソコンを見る。隠し通してもよかったが、変に勘ぐられるのもなんだから全部正直に言ってやった。 「そんなもんいつ作ったんだ。俺は知らんぞ。」 「あんたがいない間に作ったのよ」 キョンは古泉君を一瞬睨み、私に 「DVDの発売はまずいだろ。」 「なんで?」 「そんなもん、発売してみろ。あっという間に広がってしまう。朝比奈さんの日常生活に支障が出るだろ。とにかく駄目だ。」 「あんたがなんと言おうと発売するわ。あの映画はSOS団全員で作り上げた汗と涙の結晶。後世に残す芸術作品だわ。みくるちゃんだって承諾しているわ。」 みくるちゃんは捨てられた子犬のような目でキョンを見てぶるぶると首を横に振る。 「だめだ。朝比奈さんも嫌がっているじゃないか。朝比奈さんはグラビアアイドルでも、おまえのおもちゃでもないんだ。だいたい、なんで映画と関係のないセクシー映像が必要なんだ。何がSOS団全員で作り上げた汗と涙の結晶だ。DVD化に俺は参加していないし、そもそもやることするら聞いていない。」 みくるちゃんのことになるとムキになるキョンをみて私も腹立ってきた。 「いちいちうるさいわね。私が発売するって言ったら発売するの。みくるちゃんは私のおもちゃよ。みくるちゃんに決定権なんてないわ。とにかく売り出すのよ。」 キョンの顔がみるみる内に赤くなる。 「こんな“くそ”映画、売り出す価値もない。」 かっちんときた。“くそ”映画。 「ふざけんな。SOS団の総力をあげて作り上げた映画に対して“くそ”はないわ。でてけ!!!」 キョンは部屋を出て行った。 なんなの。あいつ。 椅子に座り、パソコン画面を眺めた。 あー、むかつく。映画作りはあんなに協力的だったのに。“くそ”映画はないでしょ。 キョンは映画作りは楽しくなかったのかしら。 「涼宮さん」 振り返ると心配そうな顔で古泉君が私をみていた。 「彼も本心から映画を罵倒した訳ではないと思いますよ。彼の映画作りに対する情熱は涼宮さんにも負けず劣らぬものでした。にもかかわらずその映画のDVD化の話が自分の知らないところで進んでいたらどう思うでしょうか。」 私はパソコンの画面の方向に目線を向け、返事はしなかった。 「涼宮さん。彼は強情で意地っ張りです。彼は楽しいことでも「楽しい」と声に出しません。素直じゃないんです。彼も反省していると思うのですが、素直に謝ることができない人間なんです。ですから」 古泉君は言いにくそうに言葉を選んで話していた。 「わかってるわよ。」 古泉君の言うとおり。本当にあいつは頑固なんだから。仕方ないわね。私が謝るしかないわね。 しばらくしてキョンが部室に戻ってきた。面談が終わったようだ。 「ハルヒ。」 「何よ。」 「すまなかった。」 「そう。うん。」 ぱたん。有希が本を閉じた。有希が本を閉じる音はSOS団活動終了の合図になっていた。世の中にはタイミングというものがある。いくらこれをしようと考えていてもタイミングを逃してしまうとどうしょうもない。私もキョンに内緒でDVDを作ろうとしたことを謝ろうと思っていたが、どうもそのタイミングを逃してしまった。と、都合のいい理屈をつけてごまかす自分が情けない。謝ろうとは思っているんだけど。結局いつもうやむやになってしまう。 下校はいつも通り。私とみくるちゃんが先頭。後に有希。最後尾にキョンと古泉君がいる。有希のマンションの前でみんなと別れた。 たしかに私も悪かったわ。団員を仲間はずれにするなんて団長として失格ね。明日はちゃんと謝ろう。はあ。大きなため息が自然とでた。 と、ここで私は数学の参考書を学校においてきたことに気づく。宿題は小テストの日までにやればよくまだ余裕があるけど、キョンに教える前に一通り問題を解こうと思っていたんだった。仕方ない。私は学校に引き返えした。 私が有希のマンション前を通ろう としたとき、私はさっき別れたばかりのキョンを見た。あいつも忘れものかしら。このタイミングを逃してはいけない。今度こそ。ちゃんと謝ろう。私は小走り でキョンに近づき、声をかけようとした。しかし、キョンの行き先が学校でないと分かりやめた。キョンは有希のマンションに入っていく。え。どういうこと。 なんでキョンがマンションに。 なんか有希の家に行く用事があったのかしら。いや、でも変だわ。それならどうして私たちがマンションの前を通った時、直接マンションに入らなかったの。まるで、SOS団の誰かに知られたらまずいことでもあるような行動。すっごく嫌な予感がした。でもそれは、実は去年のクリスマスからうすうす感じていたそんな恐怖だった。 オートロックのドアが開きキョンは中へと消えていく。 私は坂を登るのをやめ、家路についた。キョンはいつから、有希のことを思うようになったんだろう。いや、まだ決まった訳じゃないしね。そう自分に言い聞かせる。 なぜか胸が締め付けられる。なんで私はこんな気持ちになるのだろう。はじめて自分の気持ちを気づいた。いや正直に言うわ。本当はずっと気づいていたの。気づいていたけど気づかないふりをしていた。私はキョンが好きだった。 翌日の放課後、部室に行くと誰も来ていなかった。定位置に座り本を読む有希を除いて。 「他のみんなは来てないの。」 「……」 私は椅子に座り、パソコンの電源をつけた。 「キョン達はまだなのかしら。遅いわね、何やってるのかしら。」 パソコンのファンの音が部屋に鳴り響いた。 「ねえ、有希」 「……」 「有希ってどんな本読むの?」 「いろいろ」 「好きなジャンルとかあるでしょ。」 「特に」 「恋愛小説とかは読むの」 「たまに」 「そういえば、有希のタイプの人ってどんな人なのよ」 「……」 「やさしい人、頼りになる人?」 「……」 「古泉君みたいな人は?やさしいし、しっかりしてそうじゃない」 「彼はとても立派。」 「そう。じゃあキョンは?あいつは気が利かないし頼りないけど。」 「……」 有希は何も言わず本に目を落とした。 私が何を言うか思案しているとドアが開く。キョンだった。 「よう」 私はネットサーフィンに忙しいふりをする。 古泉君とみくるちゃんはなかなか来ない。 無音が続いた。 私は心に決めていた。キョンに気持ちを伝えよう。もしかしたら迷惑かもしれない。 でも、私はこの気持ちを自分の中だけにしまい込むことはできそうにない。キョンが有希を選ぶならそれでいい。 とにかく私の気持ちを伝えたかった。2人きりになったときに言おう。学校帰り、みんなが解散した後が狙い目かしら。 沈黙を破るように扉が開く。 「遅れてすみません。面談がありまして。」 古泉君が入ってきた。 みくるちゃんも今頃、面談をしているのかしら。ちなみに私もこれから面談だ。 「そうそう、明日、土曜日は不思議探索ツアーをするから。北口駅9時集合ね。」 キョンの表情が曇る。 「いきなり言われても困るぞ。」 「何言ってんの。団長命令は絶対よ。参加しなさい。」 キョンはまだ怒っているのかしら。 「そうですね。やりましょう。最近やっていませんでしたから楽しみです。」 そう言ったのは古泉君。それを聞いたキョンは古泉君を一瞬睨みつけたが、承諾した。 私は部屋を出る。今日は三者面談の時間だからだ。 面談が終わり、部室に戻る。扉を開けようとしたとき中から声が聞こえてきた。キョンの声だ。 「どういうつもりだ。なんでOKしたんだ。明日の朝9時集合だと。あほか。」 「涼宮さんが集まると言っているんです。仕方ないでしょう。」 「俺たちは忙しいんだ。やらなきゃいけないことだってたくさんある。そんな暇つぶしにつきあっている暇はない。たまには断ってやってもいいだろう。」 「まあ、いいじゃないですか。」 「どうしておまえはハルヒの言うことをそうほいほい肯定するんだ。朝比奈さんも何か言ってやってください。」 「えーと、その、まあ。涼宮さんが決めたことだから仕方ないと思います。」 「やれやれ」 私はその場に立ちすくんだ。帰ろうかな。ドアノブに手をかけた状態で静止し続ける訳にもいかず扉を開ける。 キョンと古泉君はオセロの真っ最中だった。とりあえず椅子に座り、パソコンに電源を入れ、起動を待ちながら頭の中で整理する。 「俺たちは忙しいんだ。」キョンの言葉がフラッシュバックする。なにが忙しいよ。有希の家に行くのが忙しいっていうの。 それに古泉君とみくるちゃんまで。 みんなはSOS団の活動を楽しんでいる。そう思っていた。いや、楽しんでいるかどうかなんて考えもしなかった。 世界中どこにでもある平凡な毎日。不思議も何もない日常。そんな日常を変えようと必死でがんばってきた。世界一面白いクラブを作ろうとそう誓った。 SOS団は世界一面白いクラブだろうか。楽しいと感じていたのは私だけだったのかもしれない。 「そうそう。」 私は思い出したように言った。 「急用を思い出したわ。明日の活動は中止だから」 キョンも古泉君もみくるちゃんも、一瞬表情が変わった。有希までも読書を中断してこっちを見ている。 そんな顔をされるとこっちまで不安になってくるじゃない。 「安心しなさい。また近いうちに活動をするから。」 「楽しみにしています。」 古泉君が笑顔で言った。気を遣ってくれたのかもしれない。 「すみません。ちょっとバイトがありまして。帰らせていただきます。」 古泉君は突然そう言うと部室を去った。 そうこうしているうちに下校時間になる。パタン。 私は考えた。SOS団の団員は私のことをどう思っているのかしら。SOS団のことをどう思っているのだろうか。 今まで「みんながSOS団の活動を楽しんでいるか」なんて考えたこともなかった。 私は誰よりも面白い高校生活を送ろうと思った。世界で一番楽しいクラブを作ろうと思った。そして、そうなるように行動したつもり。 でも、それは私の自己満足だったのかもしれない。この1年私は1人で盛り上がり1人で空回っていたのだろうか。 宇宙人も未来人も異世界人もでてこない平凡な日々。SOS団ってなんなんだろう。SOS団なんてやめようかな。 キョンやみんなと映画を作った日が懐かしい。徹夜で映画の編集作業をしてくれたキョン。 今はSOS団の活動より、有希と一緒にいる方が楽しいのかな。 脱力。という言葉がぴったり合う。私は何もしたくはなかった。テレビを見ても音楽を聴いても、上の空だった。そうして何もせず休日は過ぎ去った。 月曜日。よっぽど学校を休もうかと考えたが、学校には行くことにした。始業時間ぎりぎりに学校に行き、休み時間を告げるチャイムが鳴ればすぐに教室を出た。授業は頭には入らず、ずっと雲を眺めていた。 放課後、部室に行くことにする。団長が無断欠席するわけにはいかないし。 部室に入ると誰も来ていない。いつも部屋の隅で本を読んでいる有希さえ来ていない。有希の座っている椅子に手紙が置いてある。 涼宮ハルヒ様へ 明朝体で書かれた字は有希が書いた字で間違いない。私は手紙の封を切った。中には一枚の紙があり、そこにはこう書かれていた。 私の家に来られたし。 なんだろう。果たし状?なわけないか。私に何か話しでもあるのかしら。 私は、椅子に座り誰か来るのを待ったが、だれも来なかった。5分と経たないうちにだれもいない部室に1人でいることに耐え切れずへやから飛び出した。気が進まないけど仕方がない。私は有希の家に向かう。 有希の家に行きインターフォンを鳴らす。 ドアが開き、有希が出てきた。 「入って」 私は伏魔殿に入るかのごとくおそるおそる中に入る。家の中は暗かった。前が見えないぐらい真っ暗なのだ。まだ外は明るい。不自然というか、意図的に暗くしたとしか思えない。 「こっち」 明かりもつけず真っ暗な廊下をまっすぐ歩く有希を追って中へ進む。手から汗が噴き出した。真っ暗なリビングに入ったとき、 パパン 轟音がなり、部屋の明かりが突然ついた。 え。 「ハルヒ。今までありがとう。」 クラッカーを持ったキョンがいた。 「これからもよろしくお願いします。」 と古泉君。 「おめでとうございます」 みくるちゃん。 つくえの上にはケーキや料理がところ狭しと並んでいた。 中央に陣取っている巨大ケーキには、 祝SOS団結成1周年 と書かれている。部屋は飾り付けをしていて、お祝いムード一色。リオデジャネイロのカーニバルに負けないほど賑やかな部屋だった。 このサプライズパーティーについて古泉君が説明してくれた。 「いつも涼宮さんが楽しいイベントを企画して、僕たちを先導してくださっていました。おかげで僕たちはいつも楽しませてもらっています。涼宮さんには感謝しきれません。ですから、SOS団結成一周年の今日ぐらいは役割を交代して、僕たち団員が団長を驚かせようと考えたわけです。 料理は朝比奈さんと長門さんが担当しました。ケーキも含めてみんな手作りですよ。僕たち男2人は部屋の飾りを担当しました。実を言うと、ここ数日、SOS団の活動が終わった後、涼宮さんに内緒で長門さんの家に集まって準備をしていたんです。休日返上でした。正直、涼宮さんが土曜日に不思議探索をやると言ったときにはどうしようかと思いましたよ。」 さらに古泉君は私にしか聞こえないような小さな声で言う。 「ちなみにこのパーティーを発案したのは彼です。」 古泉君は普段の2割増の微笑を浮かべていた。 饒舌な古泉君に対して、キョンは私に話しかけてくることさえしなかったが、時折私の顔色をうかがいたいのか、ちらちら見てくる。 私はあふれる笑みを抑えることが できなかった。無理もないわね。ここ数日感じていた違和感。胸のつかえが一気にとれたんだから。ここ数日キョンの様子がおかしかった理由。キョンが有希の 家に行った訳。不思議探検の実施を嫌がったことも、今ならわかる。理由はたった1つだったのだ。 もちろんSOS団結成一周年のことを私も忘れていた訳ではない。以前から盛大に祝おうと考えていた。けど最近立て続けに起こった出来事のせいでイベントをやる気持ちも失せていたのだ。 私はみんなに言った。 「みんな、ありがとう。」 私は緩んだ顔を引き締める。 「実を言うと、私は一度だけSOS団を解散しようと思ったことがあるの。私は世界一面白い仲間と世界一面白い活動をしようそう思ってこの団を作ったの。でも本当にそうなんだろうかって。宇宙人も未来人もやってこない。別に不思議な出来事もおきない。SOS団の活動もどこにでもある日常なんじゃないかって。 けど私はそう考えた自分を恥ずかしく思うわ。みんなに申し訳ない。SOS団は間違いなく世界一の団体。だって世界一のメンバーが集まっているんだもの。 みんなと出会えて本当によかった。本当にありがとう。 みんな、これからも私についてきなさい。今まで以上に盛り上げるわよ。 そうよ、常に前年を上回らなければいけないもの。 みんな覚悟しなさい。明日から激務が待っているから。」 その後、ケーキに1本のローソクを立て、ハッピーバースディを歌い、みんなで一緒に息を吹きかけ火を消した。そして乾杯してからみくるちゃんと有希の手料理に舌鼓をうつ。 有希は小さい体でよくこれだけ食べられると関心するぐらいもりもりもり食べ、みくるちゃんはメイド姿じゃないけど、ぱたぱたと動き回っていた。つくえにのりきらないほどの料理をみんなで平らげ、食後は古泉君が持ってきたツイスターやジェンガで盛り上がった。 日が沈み暗くなり私たちは解散し た。私は1人夜道を歩いている。暖かくなったといってもまだ夜は肌寒い。私は1つの決心をしていた。キョンにちゃんと気持ちを伝えよう。キョンが有希の家 に向かう姿をみて自分の気持ちに気づかされた。あれは杞憂だったが、今後心配が具現化するとも限らない。もうあんな気持ちにはしたくない。私はキョンが好 きなのだ。たぶんあいつだって。 私は携帯をポケットから取り出した。キョンと会って話をするために。